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第三話

 

 俺が魔術に思いっきり傾倒してしまったのは、今は亡き爺ちゃんの影響だ。

 俺は小さい頃から心臓が弱く、普通の子供たちと同じように遊べなかった。菜々子だけはよく一緒に遊んでくれたけど、少しはしゃいだだけですぐに息が切れる有様だった。

 ある日、俺は死の淵をさまよった。突然自分の心臓がいうことを聞かなくなり、倒れた俺はすぐに病院へと運び込まれたが、俺の病気は簡単に治せるものじゃなかった。何日もの間、いつ終わるかわからない苦痛に苛まれ、死を目の前にはっきりと感じたとき、爺ちゃんが俺を抱き上げて優しく言ってくれた。


「大丈夫。爺ちゃんが今、魔法の先生のところへ連れて行ってやるからな」


 爺ちゃんはそのあと、俺を連れてどこかへ行ってしまったらしい。

 らしい、と曖昧な表現なのは、俺はこの話を婆ちゃんから聞いて、肝心の俺自身はその時のことをほとんど覚えていないからだ。とにかく、俺を連れて病院を抜け出した爺ちゃんは、俺の両親がパニックになりながら警察に連絡する前にひょっこり帰ってきた。

 今までの苦しみがすっかり抜け落ち、病弱体質が嘘のように健康になった俺の手を引いて。


 俺の心臓は医学では説明できないほど力強く回復していた。

 誰もが首をひねった中で、爺ちゃんだけがこの不思議な現象を起こした力の名前を、こっそりと俺だけに教えてくれた。お前を救ってくれたのは、魔法という力だと。

 魔法の先生が、お前の命を救ってくれた。そう爺ちゃんは教えてくれたけど、俺からしたら俺を救ってくれたのはまぎれもなく爺ちゃんで、魔法の先生も爺ちゃんにほかならなかった。

 それから俺は、魔法について強烈な関心を抱くようになった。それは未知の現象でも空想の産物でもない。実際に俺が体験し触れたものだからこそ、俺は疑うことなく強い興味を持ったのだ。

 爺ちゃんがまだ元気なうちはせがんで魔法の話を聞き、爺ちゃんが亡くなってからは独学で魔法について多くのことを調べた。

 黒魔術、白魔術、ウィッカ、カバラ、数秘術、錬金術、占星術、タロット。様々な魔法を調べ、知識を付け、他人から馬鹿にされようが構わず勉強し続けた。

 俺を救ってくれた魔法にもう一度触れたい、その一心で。

 

 でも正直、その願いがこんなふうに叶う日がくるなんてことは、まるで思いもしなかったんだ。



『貴様っ! 何者だ! どこから入り込んだ!』


 突然頭の上から降ってきた大声に、俺は身をすくませる。

 日本語ではない。たぶん、英語でもないと思う。外国の言葉なんてほとんど区別がつかないけれど、その言葉は俺が今まで聞いたことのない言語のように感じた。

 俺はうつ伏せに倒れた体勢から恐る恐る顔を上げて声の主を見上げた。そして絶句する。

 日本ではまず見かけない、西洋鎧を着込んだ騎士が目の前に立っていた。一人じゃない。五人ほどの同じ西洋鎧を着た騎士たちが、一様に両刃の剣を鞘から抜き放ち、その切っ先を俺に向けていた。


 ……え、なにこれ?


『おい、こいつのこの格好。もしかして放浪物じゃないか?』


『しかし大震は起きていない。それに、こいつはその鏡の中から出てきたように見えたぞ』


 兜で顔を隠した騎士たちが何かを言い合っているようだが、俺はそんなことを気にしていられないほど混乱していた。

 俺はさっきまで家の物置にいたはずだ。

 俺は菜々子が学校に行っている間に、家の物置になにか魔術の道具になりそうなものがないかを探していた。爺ちゃんの趣味は骨董品集めで、今でも整理しきれていないものが物置に押し込まれている。

 俺はその中を物色するうちに、掛け軸の裏に隠されていた大きな姿見を発見した。それは本当に意図的に隠していたように物置の一番奥にあり、地味ながらも不思議な光をたたえていたそれをしげしげと眺めていると、突然首にかけていたお守りが輝き始めた。

 そしてなにがなんだかわからないまま、気がついたら外にいた。

 外というか、まったく知らない場所で俺は寝転んでいた。そしてまったく知らない人たちが俺を取り囲んでいた。こんなもん、状況が飲み込めるはずがないだろ。


『とにかく言葉が通じないことは確かだ。誰か、魔法士をつれてこい』


 俺が混乱で固まっていると、奥の方から騎士たちより軽装の鎧を身につけた、紫色のフードを目深にかぶった人間が進み出てきた。

 何が起きているかわからないが、俺は今、危険な状況なのかもしれない。

 なのに体は動かず、目は俺を突然取り囲んだ世界から離れない。フードをかぶった人間が輝く石を取り出した。それは綺麗な装飾がほどこされたペンダントのようなもので、瑠璃色にキラキラと光っている。

 石を目の前にかざされる。すると、俺の喉が突然熱を帯び始めた。

 喉だけじゃない、耳もだ。熱は次第に耐え難いものになり、俺は苦痛に顔を歪めた。


「……大丈夫だ。苦しいだろうが、じきに収まる。俺の言葉がわかるか?」


 言われたとおり、熱がだんだんと引いてきたので、ゲホゲホと咳き込みながら頷く。

 ……言われたとおり?

 俺は思わず騎士たちを見上げた。取り囲んだ騎士たちの真ん中の男が、剣を納めて俺のすぐそばにしゃがんだ。


「少し手荒だったが言語補助の魔法を使った。いろいろ聞きたいことはあるが、まず最初にお前の名前を聞いておこう。お前は誰で、どこからきた」


「……俺は」


 日本語じゃない言葉を、俺は理解していた。

 俺が喋る言葉は日本語だけど、声に出した瞬間違う言葉に変化しているように感じた。

 自動翻訳機なんてものがあるか知らないが、俺の耳と喉にはヘンテコな機械なんてついていない。たった今、不思議な力によって不思議な現象をこの身に受けた。

 俺は、この不思議な現象の名前を知っていた。


「俺は、西川勇一。えっと、日本から、きました……?」


 十年の時を経て、俺はとうとう魔法という現象に再び触れたのだ。


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