第二話
「ばっかじゃないの!」
キンキンに高い怒鳴り声が、耳を右から左に突き抜けた。
俺は思いっきり眉をしかめて、隣の奴を睨みつけてやった。
「うっせーな菜々子。耳が悪くなったらどーすんだ」
「すでに聞こえないんじゃないの? 毎回毎回同じこと言わせて、ちっとも学習しないじゃない!」
そう言って菜々子は俺の耳をつまみ上げようとする。たまらず俺はその手をかいくぐった。
「なんだよ、魔術はやめろって話か? 俺だって毎回同じこと言ってるはずだろ。俺は魔術が成功するまで、絶対に研究をやめる気はないって」
「あんたが魔術どーのこーの言うのは諦めたけどね、その研究ってのを学校でやるのは辞めなさいって言ってるでしょうが! 今回だって2週間の停学ですんだけど、下手したら退学だったのよ?」
俺は怒れる体育教師、谷岡に捕まったあと、生活指導室に連行され2時間の説教をくらい校長室に謝りに行きそこでも2時間の説教を受け、反省文を書いたあとは俺が散らかした教室を片付け、再び生活指導室に謝りに行きそこで2週間の停学処分を言い渡された。
精根尽き果ててフラフラになりながら放課後の学校をあとにしようとしたところで、校門で仁王立ちしていた菜々子に捕まったのだ。
「おーおー、まーた川西と八坂の夫婦コンビの痴話喧嘩が始まってるぞー」
「ななこー、早くそんなバカ見限っちゃいなよー。青春無駄遣いしてるって」
校門前で騒いでいたからか、部活動に参加していない帰宅部組がすれ違うたびにからかってくる。俺たちはようやくそこで言い合う場所がまずいと思い至り、二人ならんで家路に向かう。
八坂菜々子とは幼稚園からの付き合いになる。奇をてらわずに言えば幼馴染だ。
親同士が仲良く、家も近いからよく一緒に遊んだ。菜々子は面倒見がよく、小さい頃は身体が弱かった俺を気遣ったりしてくれて感謝していた。だがそれが小学生に上がっても続き中学生になっても何かと俺の面倒を見ようとしてくると、ありがたみ3割鬱陶しさ7割といった実の母親に近い感情を抱くようになった。
今こうして歩いている最中にも、やれ進路のことだ内申がどうだと俺への不満をあげつらえ、それを解決すべく今後どう振る舞えばいいかを丁寧に教えてくれる。こんなとき魔術が使えれば、世界の音を止めてしまい誰かの小言なんて聞かなくてもすむのになー。
「ちょっと、ちゃんと私の話聞いてんの!?」
当然聞いていなかった俺は、菜々子が放ったケツキックに対応できず前のめりにつんのめった。その拍子にカッターシャツの襟元からお守りが飛び出る。俺は慌てて宙に浮いたお守りを掴むと菜々子に文句を言った。
「おいおい気をつけろよ。爺ちゃんのお守りがどっかいったらどうしてくれんだ」
「いっつも首からぶら下げてるじゃない、そのお守り。なにか特別なお守りなの?」
「さぁ、なんか動物の骨っぽいのが入ってたけど、なんのお守りかはわからん」
菜々子は俺の言葉に呆れている。「そういうのは開けたらダメでしょうが」
「あんたがおじいちゃん好きなのもどれだけ尊敬してるかも知ってるけどね、だったら天国のおじいちゃんに心配かけないようにしようとか思わないの? 今のままじゃいい大学にだっていけないのよ」
菜々子の言葉に今日何度目かのため息が出そうになる。確かに進路のことをないがしろにしていいとは思っていない。だけど、それ以上に俺は魔術の研究に打ち込まなければならない理由があるのだ。
「お前の言いたいことはよくわかったよ。ほら、もう家の前だぜ。早く帰れよ」
「はいはい。あとでちゃんと宿題してるかチェックしにいくからね」
お前は俺の専属家庭教師か。菜々子といるといつまでも小言が続きそうなので、俺は別れの言葉も適当に逃げ出すようにその場を早足で離れた。
それは、いつもの光景だった。俺が問題を起こして、周りが怒って心配してくれるいつもどおりの日常。魔術はちっとも成功しないけど、俺はこんな日々にも割と満足していたんだ。だけど。
だけど翌日、そんな日常と思っていたものが唐突に一変してしまうなんて、家に駆け込んだその時の俺は思いもしなかった。