星の海を渡る僕らに
僕の大事な女の子は、ただいま終末論に夢中のようだ。端末にかじりつくようにしてテキストを読み込んでいる。
それはちょっと自虐的すぎる試みじゃないかなあ、と僕なんかは思うのだけれど、彼女は僕と同意見というわけではないらしい。
「ノストラダマスの予言はやっぱり最初から胡散臭かったみたい。大騒ぎしていたのは日本って国だけだって」
出発前に端末に山ほどつっこんできたデータを読み漁りながら、彼女は告げる。
「あ! でも、マヤ暦の方はけっこう可能性あったらしいよ。日本だけじゃなくて世界中で話題になって、その日が近付くと高台に避難しようとするひともいたんだって。ニュースにまでなったって書いてある。へえー、こういうの、気にするひとはちゃんと気にするものなんだね」
彼女は端末の画面をすべらかでほっそりした指でタップしていく。首を傾けた拍子に流れるような黒髪の下から白いうなじが見え、妙に色っぽかった。だからさりげなく、視線を外す。
「でも、これは結局どっちも外れたけどね。だから気にしてたひとは、周りから馬鹿にされたんだって。雑誌なんかで特集組むと、馬鹿じゃないのかって白けられたり」
「まあね。終末論なんて、ぶっちゃけどこかで誰かがいつも唱えてるし」
「あ、またそんな醒めたこと言っちゃって。もう、そんなんだからこんなことする羽目になっちゃうんだよ」
端末で見た黒曜石という宝石そっくりの真っ黒な瞳に見つめられ、ちょっとどぎまぎしながら返事をしようとする。静まれ、心臓。今は、そういうことを思う場面じゃないから。
「そ、そうかもしれないけど。でもほら、どっちにしても僕らまだ十五歳だし。そういうことには関係ないんじゃ……」
「だーかーらー、そーゆー無責任な態度がいけないって言ってるんですー! 子どもだからって言い訳にならないし」
どうやら、彼女はいま機嫌が悪いらしい。仕方ない。やることもないし、閉じ籠もる余分な部屋もないここでは、黙って彼女の八つ当たりに耳を傾けるしかないだろう。
ぷりぷり怒っている彼女に気付かれないよう、視線だけで窓の外を見る。
宝石箱をひっくり返したような、というたとえがぴったりの星の群れが一面に広がっている。船に乗ってすぐには綺麗だと思ったものだけれど、半年もすれば見飽きていた。最近はもううんざりしているぐらいだ。端末に入っているテキストでは、星空を褒めそやす文ばかりが見つかるけれど、どうもそれに共感できないでいる。
ここは星の海。星しかないとなれば、嫌気がさすのも当然なのかもしれない。そんなことを、僕は思う。
「ねえ、ちょっと聞いてるの!」
おっと、考え事をしていたのを見抜かれてしまったらしい。彼女はおかんむりのようだ。なまじ整った顔をしているだけに、しかめっ面の彼女は怖い。というわけで、いつものようにごまかしを口にする。
「聞いてるよ。で、結局きみは何が気に入らないのさ」
彼女はしばらくそっぽを向いて、それから言った。
「クッキーが、なくなっちゃったの」
彼女の一番の好物は、クッキーだった。無類のクッキー好きで、匂いを嗅いでいるだけで幸せと本気で思っているほどで、僕は女の子って分かんないなあといつも思う。
だけどいくら好物がなくなったからって、これぐらいで不機嫌になるなんて、子どもっぽいのだろうか。でも、僕はそう思わない。……そうか、もう。そうだよな、そういうこともあるよな、とひとりごちるだけだ。
「ねえ、私たち本当に第二の地球に着けるのかな」
苛立ちを露わにしていた先ほどから一転、彼女はひどく不安げな顔をした。長い睫毛が伏せられ、淡く影を落とす。それが彼女の雰囲気を一層暗くした。
その暗くなる気持ちが、僕には分かる。僕らは不安を共有してる。
三十年前、僕らの母星である地球は滅んだ。きっとこれぐらい大丈夫、そんなふうに思ったどこかの誰かが始めた核戦争で、母なる大地は致命的なダメージを受けてしまったので。
僕らは地球人の最後の希望。
種の生き残りを賭けてこの広い宇宙に放たれた、行く先を知らず旅する第二のアダムとイヴ。
五年前に何千個とばらまかれたカプセルのうち、何個のカプセルが酸素と食糧がなくなる前に第二の地球に辿り着けるだろう。
だって僕らはそもそも、シェルターの中で生まれて育った子どもなのに。
緑の大地ってものを、知らないのに。
だけどそれは、考えない。
「大丈夫だよ。絶対に大丈夫。ちゃんと辿り着けるさ」
にっこりと、彼女に微笑んで見せる。
僕らはずっとこうしてきた。一方が不安になったら、もう一方が根拠のない慰めを口にする。
ここでは、互いに互いが唯一の逃げ場だ。
僕らに与えられる救いは、ひとときの現実逃避だけ。
三題噺に手直しを加えたものになります。
使用お題 終末論 クッキー 唯一の逃げ場