099 恋に落ちる瞬間
私が小学校四年生の時、私たち一家は一軒家を購入し、引っ越した。友達と別れるのは辛かったが、前に住んでいた団地より、そう遠く離れた場所でもないから、寂しくない。
夢にまで見た自分の部屋。新しい街が、私の心を切り替えて、わくわくさせている。
「トモ。あんたも手伝いなさい」
そう言ったのは、中学三年生のお姉ちゃん。お姉ちゃんは面倒見も良くて、頭も顔もいい。私の自慢のお姉ちゃんだ。
「はーい」
私は軽めのダンボールを持たされ、新居へと入っていく。新しい木の匂いが嬉しかった。
「お姉ちゃん。ちょっと買い物頼まれてくれる?」
お母さんにそう言われ、お姉ちゃんはお母さんのもとへ行く。
「うん。いいよ」
「これ、買ってくるものリスト」
「わかった。行きに通ったお店でいいのよね」
「そうね。迷子にならないでね」
「あはは。ならないよ、近いんだし。じゃあ行ってきます」
そう言ったお姉ちゃんに、私は駆け寄る。
「私も行く!」
「言うと思った。お母さん、トモも連れて行くね」
お姉ちゃんはそう言って、私と手を繋ぐ。お姉ちゃんが優しいから、あんまり喧嘩もしたことがない。
私たちは手早く買い物を終え、家へと戻っていく。
「トモ。あれがお家だよ。なんか嬉しいね」
「うん!」
家へ差し掛かったその時、隣の家からお姉ちゃんと同じ年くらいの男の子が出てきた。
一瞬、繋いだお姉ちゃんの手が固まったのがわかった。
「お姉ちゃん?」
私はお姉ちゃんの視線の先を見ると、隣の男の子もまた固まっている。
私はその時、初めて人が恋に落ちる瞬間を見た。
「こんにちは!」
お姉ちゃんの手を離れ、私は男の子に向かって、そうお辞儀をした。
固まっている二人は時間を取り戻して、男の子は優しい微笑みを浮かべている。
「こんにちは。そこの家に引っ越してきた人だね」
「は、はい。後で伺うと思いますが、よろしくお願いします」
お姉ちゃんも、そう言った。
その後、二人の間に恋が始まったことは、言うまでもない。
私もいつか、そんな恋がしたいな、と思いながら、私は新しい学校へと通っていく。
「よろしくおねがいします!」
転校先の学校で挨拶したクラスの中、私は一人の男の子と目が合った。
恋に落ちる瞬間――。