093 ゼウスが愛したもう一人の女性
ギリシア時代、オリンポスの山には、神々が住んでいる。人々はその麓で生活をし、神々を崇めていた。
全知全能の神・ゼウスは、正妻・ヘラの目を盗んでは、女性の元へ向かっていた。
しかし、ヘラは嫉妬深く、ゼウスの浮気相手やゼウスとの間に生まれた子供たちに、残酷なまでの仕打ちを繰り返してきた。
それでもゼウスは、浮気をやめない。
ある日、ゼウスはオリンポスの麓で美しい女性に出会った。それは小さな泉の神で、麓の森を守る女神・カディテである。
しばらく会っていないうちに、ずいぶんと大人になり綺麗になったその女神を、ゼウスが放っておくはずがない。
それからしばらくして、二人の関係が親密化した噂は、ヘラの耳にも届いた。
「麓の森を焼き払い、カディテの泉を枯らしなさい」
ゼウスの留守中、ヘラが命じたのは、恐ろしいものだった。
すぐさまオリンポスの麓にある森は焼き払われ、その中にある小さな泉も枯れようとしていた。
「苦しい……ゼウス様……」
猛火の中、カディテは自分の泉の前に横たわり、自分の守るべき燃えゆく森を見つめていた。
何日も続いた山火事はゼウスによって消し止められた。ゼウスが人間の接待を受けていた間に行われた数日間の火事は、神であろうと生存の可能性はほぼない。カディテのようなまだ力も小さな神にとっては尚更だ。
「カディテ!」
森は無残に焼き葬られ、すでに炭と化している。
だがゼウスは、カディテの神としての生命力を信じ、辺りを見回す。
すると、倒れた木々の間に、恐ろしいほど輝く光を発見する。
「なんだ、この光は……!」
奇しくもその場所は、カディテの泉があった場所であった。
「カディテ!」
ゼウスが倒れた木々を退けると、そこには生まれたばかりの赤ん坊がいた。
その神々しいまでの輝きは、ゼウスですらも目が潰れるかと思うほどだ。
「カディテの子か!」
カディテですら生きながらえなかった猛火の中で、赤ん坊は傷一つなく安らかに眠り、そして大声で泣いた。
ここでもう一人、ヘラの予想を反して、ゼウスの子が生まれた。
しかし、この話がどこにも記録されていないのは、ヘラが隠蔽した説のほか、これ以上ヘラに汚名を着せたくないというゼウスの優しさとも言われている――。
※ カディテという神はオリジナルです。ギリシア神話にカディテはおりません。