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092 僕の胸で泣いて?

 郁美に彼氏が出来たのは、中学二年生の春だったと記憶している。

 僕と郁美は幼馴染みで、僕はずっと、郁美と一緒に育っていくものだと思っていた。

「翔太」

 郁美は僕の名を呼ぶ。なんの警戒心もない。それが嬉しさから空しさに変わったのは、もう何年も前のこと。僕が郁美を、女として思い始めた頃だろう。

「翔太ってば!」

「なんだよ。うっせー、話しかけてくんな!」

「なによ、反抗期?」

「マジ、コロスよ?」

 僕は冗談ぽくそう言いながらも、真剣な顔で郁美の腕を掴んだ。

 一瞬、郁美が女の顔をする。

「離して、痛いよ……」

 郁美の言葉に、僕は現実に引き戻され、郁美から離れる。そして頭をかきながら、誰もいない放課後の教室、目の前の机に腰を掛けた。

「で、何の用だよ?」

 いつの間に声変わりした自分の声が、教室に響いた。

「用っていうか……あのね。もうすぐ先輩の誕生日なんだ。だから、プレゼント買うの付き合って欲しいっていうか……」

 言いにくそうに言った郁美は、彼氏である先輩の話に、頬を染めている。

 僕は嫉妬に駆られ、思い切り机を蹴り、教室から出て行った。

 それから数か月、僕たちは会話一つ交わさなかった。


 数ヶ月後のある日。その日は文化祭で、最後まで楽しい一日になると思っていた。

「翔太。俺こっちやるから、おまえ、そっち頼むわ」

 掃除場所を割り振られ、僕は体育館の倉庫へ向かう。

 その時、倉庫の奥から女性のすすり泣く声が聞こえ、僕は飛び上るほど驚いた。

「だ、誰かいるんですか……?」

 幽霊かとも思ったが、このまま入るわけにも、掃除せずに出るわけにもいかず、僕はそう尋ねる。

 その時、奥に一人の女生徒が立った。郁美である。

「ごめんなさい。すぐに出ます……」

「郁美……どうした?」

「翔太」

 やっと僕に気付いて、郁美は恥ずかしそうに涙を拭く。

「どうしたんだよ?」

 相手が郁美とわかって、僕は郁美に近付き、その顔を覗き込んだ。

「先輩が……別れようって」

 別れ話で泣いているのだとわかり、僕は目を伏せる。その手の経験は乏しいが、郁美が泣いているのは見たくない。

 どうしていいかわからなかったが、僕は郁美の頭に手を乗せた。

「よしよし。大丈夫……」

 そう言った僕に、郁美はクスリと笑う。

「もう、翔太。子供じゃないのに」

「ハハ、そうか」

「でもなんか、あったかい……子供の頃も、私が泣くたび、こうして慰めてくれたよね」

 一瞬笑ったくせに、郁美はまた涙を流した。

 僕は自然体で、郁美を抱きしめる。

「……ずっと好きだった」

 突然の僕の告白に、一瞬、郁美の体が強張ったのがわかった。でも、僕は言葉を続ける。

「でも、負けんなよ。先輩が好きなんだろ? 応援してる。郁美が頑張る姿、好きだから」

「翔太……」

 郁美は僕から離れ、そして至近距離で僕を見つめている。

 思わずキスしたくなったが、それを抑えて僕は笑う。

「泣きたくなったら、胸くらい貸してやるから。だから、好きなら諦めんなよ」

「うん……ありがとう、翔太」

「……行けよ。掃除の邪魔」

 郁美は頷き、そっと倉庫から出ていく。

 そして、振り向きざまにこう言った。

「ありがとう、翔太! 大好き!」

 バタバタと足音が遠のき、僕は倉庫内にあるボール入れの枠に腰掛ける。

「なにが大好きだよ……僕の好きと違うっつーの」

 そうは言っても、郁美の顔は輝いていて、ずるいくらい可愛いと思った。

「はあ……頑張れよ。僕も……」

 郁美にエールを送りながら、僕も頑張りたいと思う。

 僕の恋は叶うかどうかわからないけど……でも、せめて願いたい。

 また郁美が辛い時は、僕がずっとそばにいる。そして泣きたい時は、僕の胸で泣いて?

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