086 ペアルック
とある住宅の一室で、固まるように正座する少年が一人。
彼の名は、聡。今日は彼女である美々(みみ)の家に来たものの、美々の要求に応えかねているところだった。
「ねえ、聡。お願いだからこれ着て? 嫌なの?」
美々が差し出したのは、派手なハートマーク柄のTシャツ。それだけならいいのだが、目の前の美々は同じTシャツを着ている。ペアルックというやつだ。
「いや、嫌っていうか……」
聡の顔が引きつる。
学校でも可愛いと評判の美々を落としたまではよかったが、夢見がちな美々に、過去にも度々困らせる要求が何度かあった。だが、今回ばかりは聞きたくない要求である。
「せっかくお揃い買ったのに……彼氏とペアルックで街を歩くの、美々の夢だったのに……」
美々の嘘泣きはいつもだ。嘘だとわかっていても、それすら可愛くてつい許してしまう。
いつもならここで聡が折れるのだが、今日は本当に嫌な要求だったらしい。
「ごめん、無理!」
勢いで、聡はそう言った。
「なんでそんなに……そんなに嫌なこと?」
未だ嘘泣きを続ける美々に、聡はプツリと切れたように、静かにうなだれた。
「……いい加減にしろよ。嫌なものは嫌だよ。知らないヤツに見られても恥ずかしいし、知ってるヤツから見られたら冷やかされるっつーか、ドン引きされるに決まってんだろ。これだけは聞けない!」
そう言ったところで、美々のビンタが飛んだ。
「イタ……」
「着るの!」
美々も切れたように、恐い目で聡を見つめる。
その気迫に押され、聡は口を開いた。
「ハイ……」
結果、ペアルックの二人が街へ出かけたのは、言うまでもない。