079 動物と少年
少年は、休み時間になる度に図書室へと訪れていた。その光景をじっと見つめていたのは、少年のことが好きな、沙耶だ。
ある日の放課後、沙耶は思い切って、少年に声をかけた。
「いつも何読んでるの?」
突然の沙耶の問いかけに驚きながら、少年は口を開く。
「図鑑」
ただそれだけを言って、少年は本に目を落とす。
「わあ。アザラシに北極熊。可愛い……」
思わず言った沙耶の顔を、少年は珍しそうに覗き込んだ。
「……この本、借りたいの?」
まだ小学生。恋愛という言葉を悟るには早い。でも沙耶はめげなかった。
「ううん。でも、一緒に見てもいい?」
「いいけど……」
少年から了承を得て、沙耶は少年の前に座る。本の内容は、北極の様子などが写真付きで描かれているものだ。
「アザラシの赤ちゃん、可愛い……」
いちいち写真に反応して沙耶が言うので、少年は小さく息を吐く。
「……アザラシのお母さんは、赤ちゃんを産んでから一生懸命育てるんだ。泳ぎ方の練習をさせたり、時には北極熊からだって身を挺して守るんだよ」
「へえ。すごい」
「でもある一定の期間が過ぎると、突然、赤ちゃんの前から姿を消すんだ」
「え……」
その言葉は、小学生の沙耶にはショッキングに聞こえた。それでも少年は、冷静に話を続ける。
「赤ちゃんは何時間も泣き続けて、やがて海の中に入り、自分で餌を取るようになるんだよ。まあ、テレビの受け売りだけど……」
「……すごいね。赤ちゃんなのに、親離れするんだ」
「牛も馬の赤ちゃんは、数時間で立つ。それに比べて人間って、親離れするのに果てしなく時間がかかるよね。なんだかそれを考えると、動物の美しさがよくわかるんだ」
レベルの違いに、沙耶はそれ以上、少年に近付くことは出来なかった。
十数年経った今、少年は動物学者として活躍していると聞いた。