073 白衣の天使
セクハラ、パワハラ、そんな簡単な言葉で片付けてられることなど、この職場には存在しない。キツイ、キタナイ、キケン、クサイ、キュウジツナイ。きっとそんな5K以上の苦労も抱えている。みんな結婚して、早く仕事を辞めたいとも思ってる。それでもここで働くのは、やっぱり「看護師」という仕事に、誇りを持っているから――。
「看護婦さーん」
看護師と統一された今も、そう呼ぶ人が多数だ。差別用語と言われても、私もどちらかというと、そっちのほうがしっくりきてる。
「どうされました?」
「新聞買ってきてくれない? 遠くて面倒なんだよ」
「そうしてあげたいのは山々なんですけど、今は忙しい時間ですし、それに売店まで行くのに運動になりますよ。頑張って自分で行きましょう」
小さく溜息を漏らして、私は隣のベッドへ向かう。患者さんはナーバスになっているので出来るだけ聞いてあげたいけれど、時間的に余裕がないのも事実。無理なものにお断りはする。
「こんにちは。お加減いかがですか?」
隣のベッドの人は、あまりしゃべらない。
「大丈夫です……」
それだけを言って外を見たので、私は新しい点滴に変えて病室を出た。
途端、廊下を猛スピードで人を乗せた担架が走ってゆく。死と隣り合わせの危険な職場。一方で、患者さんの小さなお願いなどもあり、そのギャップに慣れるまでに少し時間がかかった。
「ねえ、明日非番でしょ。ごはん行かない?」
そういう言葉は患者さんにもあったり、逆に医師からの誘いもある。いちいち気にしていたら身が持たない。
「すみません。洗濯物とか溜まっちゃってるんで、明日はゆっくりさせてもらいます」
それでも、私は結婚していないからもっているのかもしれない。子供がいたら、きっと想像を遥かに上回る苦労があるはずだ。
夜中、病院に隣接した看護師寮で、携帯電話が鳴る。
「急患が三つも入って間に合わないんだ。今すぐ来て!」
そんなこともしょっちゅうだ。
早朝に勤務する早番、昼間の勤務の中番、夜中の勤務の遅番、それ以外にもいくつかあるシフトの中で、私たちはただ決められた時間に行くだけでなく、ローテーションで回っているため、生活リズムに追いつかず、体が悲鳴を上げている。それでも人の命のために、私たちは体を奮い立たせる。そうしなければやっていけない。
「本当にありがとう。お世話になりました」
退院が決まった人が、満面の笑みで握手してくる。
私たちがこの職場でやっていこうと思えるのは、きっとこの笑顔が見れた瞬間。
この仕事には誇りがある。そして今日も、多くの命が輝きを――。