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064 おりん

 おりんは十五歳。たった十五年の人生を、濁流に呑まれて終えた。

 両親はなく、近所の畑仕事を手伝いながら、逞しく生きていた。


 その年、村にある暴れ川がたびたび氾濫するので、人々は苦渋の決断をすることになる。

「神さんに、お供えしよう……」

 それは、人柱を立てるという決断だった。


 その夜、おりんのもとに、村の代表者たちが集まった。

「他の娘は嫁ぎ先が決まっている者ばかり。親兄弟もおまえさんより多い。言いにくいことだが……」

 人柱は、神の怒りを鎮めるために、人が生きながらにして死ぬことを意味する。

「わかりました。おら、神さんのもとへ行きます」

 二つ返事で承諾したおりんに、村人たちも少し拍子抜けした。だがおりんは、すでに覚悟を決めた顔をしている。

「おらには家族もないし、今まで人の役にあまり立ってこなかったと思う。神さんのもとへ行けるなら、おら本望だ」

 村人たちはおりんに感謝し、次の日の朝、川の中に太い柱を立てた。昼にはまた、嵐が来るらしい。


 川の中に立てられた柱に、早速おりんが括りつけられる。その深さは胸のあたりまであり、嵐が来ればひとたまりもない。

「みんなには家族がいるんだ。仕事があるんだ。でもおらには、守るべき家族もいねえ。神さん、おらの命なんていらないかもしれないけど、どうか勘弁して嵐を止めてくれ……」

 ぶつぶつと祈りながら、おりんは勢いが増す川の下流を見つめる。

「母ちゃん……怖いね……」

 やがて、おりんは静かにそう言った。


 かつて、おりんにも家族がいた。だが、父は事故で亡くなり、そして母は五年前の嵐で、おりんと同じ人柱となって死んだ。

 そんな母親が見た最後の風景を見つめながら、おりんは不思議と笑みを零す。

 こんな風習は嫌だと思ったが、村人を責めようとは思わない。なにより今は、やっと家族同じところへ行けることが嬉しくも感じた。

「おら、やっと一人じゃなくなるんだ……」

 鉄砲水のような濁流が、おりんを包んだ。次の瞬間にはもう、打ち込んだ柱すらなくなっていた。


 おりんは死んだが、次の日も嵐は止まなかった。

 やがて、村中の娘たちが人柱にされ、村の代表者たちの娘の番になると、その風習も消えた。

「こんな馬鹿げたことはやめよう」

 そんな判断に、娘を殺された家族は口を揃えて代表者たちに詰め寄る。

「なぜもっと早く言ってくれなかった! おらの娘は死んだんだぞ!」

「自分の娘の番になったらこれか! 人柱になったって、川は氾濫し続けているじゃないか!」

 風習は消えたが、生き残っていた娘たちも、争いの中で殺された。村から、娘が消えた。

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