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062 バスの君

 バスはいつも緊張する。あまりバスに乗る習慣のない私は、今日もたくさんの小銭を事前に用意して臨んだ。高校生にもなったのに恥ずかしいことだとは思っていても、未だ慣れていないのだから仕方がない。

 バスに乗るのは、月一回の乗馬レッスンの時のみ。そこで彼と出会った――。


 彼というのは、決まって同じ時間に乗って来る男性。制服からして、隣町の高校だ。

 私は終点まで乗るので、その少し手前で降りる彼とは、ほとんどずっと一緒。一番後ろに座ると、彼の姿をずっと見られるので、それこそずうっとドキドキしていた。

 だけどその日、彼はいつもの停留所で降りなかった。終点に近付くバスは、すでにほとんどの人が降り、運転手さんを除いては私たちしかいない。

 結局、終点になり、彼は私とともに終点で終りた。

「たまに会いますよね?」

 人気のない終点の停留所で、彼が私にそう言った。軟派な人なのかと思って力を入れたが、その笑顔はなんとも優しい。

「は、はい……」

 思えば中学の時から女子校に通っていたため、知らない男性としゃべるのは初めてかもしれない。

「もしかして、この先の乗馬クラブの会員さん?」

「え? どうしてわかるんですか?」

 私が驚いていると、彼もまた驚く。

「だって、こんなところまで来るなんて、用があるなら乗馬クラブかゴルフでしょ。小奇麗な格好してるし」

 バスの終点のその場所は、確かに乗馬クラブかゴルフ場しかない。

「じゃあ、あなたも乗馬クラブに?」

「まさか。そんな高級なスポーツ出来ないよ。この先の農家、親戚がやってるんだ。時々、野菜もらいにいく。今日も親に頼まれててね」

「そうなんですか……」

「じゃ、頑張って。行ってらっしゃい」

 彼の笑顔に見送られ、私はそれ以上何も言えず、乗馬クラブへと入っていった。


 その帰り、バス停で待つ私は驚いた。こちらへ走ってくる男性は、紛れもなく彼である。

「あれ? 今、帰り?」

 まるでもう友達のように話しかけてくる彼の手には、たくさんの野菜がある。

「は、はい……」

 その時、バスがやってきたので、私たちは会話を止めてバスへと乗り込んだ。

 でも彼は、私の前の席に座り、そのまま話しかけてくる。

「これ、やるよ。家で食べて」

「え、いえ、いいです」

「遠慮すんなよ。はい」

 手早く分けられた袋の中には、ごつごつした野菜が入っている。

 せっかく彼がそうしてくれたのに、私は頑なに首を振った。

「本当にいいです。お母さんになんて説明したらいいかわからないし、土もついてるし、知らない人から物をもらっちゃいけないし……」

「ハハハ。箱入りだな」

 彼は怒るというより呆れた顔をして、差し出した手を止める。そして中からきゅうりを取り出すと、半分にして私に差し出した。

「腹に収めりゃ問題ないだろ。それに、野菜ってのは土がついてるもんなの。高級スーパーじゃそんなもんないかもしれないけど、こっちのが栄養いっぱいでうまいに決まってんだろ。きゅうりはさっき洗ったし、うまいよ」

 自らも美味しそうに食べる彼。本当言うと、きゅうりは苦手だったのだが、これ以上の拒否は出来ないと思い、私は目を瞑ってきゅうりを一口かじった。

「おいしい……」

 思わず私の口から、そんな言葉が漏れていた。

「だろ? これはうちの農家が愛情たっぷりに育てた、我が子同然の野菜だからな。食わず嫌いしてたら損するよ」

 その言葉を素直に受け入れて、私は一気にきゅうりを食べる。

「今度……お手伝いしちゃ駄目ですか? 野菜とか、採ってみたい……」

 よくそんな大胆な言葉が出たと思ったが、私はそう言っていた。

「いいけど……大丈夫? あんた、お嬢様だろ。それこそ土とかつくよ」

「だ、大丈夫です。ちゃんと汚れてもいい服で行きます。思えば野菜を作っているところなんて見たことないし、それに……もっとあなたとお話がしたいです」

 勢いづいて言った私の頭に、彼の手が触れる。

「俺は大歓迎。俺ももっとあんたと話がしたい」

 彼が教えてくれることは新鮮なことばかりで、私の世界にはなかったものばかり。

 私たちは、週末ごとに会うようになっていった。まるで恋人のように――。

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