061 世紀末の少女
世紀末、人はノストラダムスの大予言によって、恐怖の瞬間を待っていた。
「なーんだ。結局なんも起こらないんじゃない」
冷めた目で歩きながらそう言い放った少女は、路地裏へと入っていく。
「ちょーだい」
路地裏に立っていた青年に、少女はおもむろに手を差し出す。
「金で払う? 体で払う?」
「もちろん体で」
「来いよ」
青年に手を取られ、少女は路地裏の更に奥へと連れて行かれる。
「先にちょうだいよ」
少女の言葉に、青年は白い粉の入った袋を見せた。
「あとでやるから、さっさと脱げ」
「いいけど。ねえ、あんたはノストラダムスの大予言、信じてた?」
「は? おまえ、馬鹿じゃねえの?」
「あんたは利口なの?」
「おまえよりはな」
少女の口元が僅かに緩み、不気味な笑みを浮かべる。
「あたしが馬鹿なら、もっと馬鹿になれればよかった。そしたら何も考えず、楽に死ねたのかも」
「おまえ、死にたいの?」
「そうね。生きてる意味より、死ぬ意味のほうが大きいと思わない? なんだかとても美しい」
「……変わってるな」
「よく言われる」
皮肉に笑った少女に、青年は空を見上げた。真っ暗な路地裏、高いビルの谷間から見えるその空は、なんとも高く狭い。
「どうせ死ぬなら、こんな狭いところじゃなく、デカいことして死ねよ」
「そうね。ノストラダムスは予言が当たらなくても、こんなに人に恐怖を与えたし」
「じゃあ、おまえはどんな予言をする?」
青年の言葉に、少女は真っ直ぐと前を見据えた。
「愛や平和を望んでも、破滅より遥かに難しいのかもね」
「は?」
「あたしの望みなんて、ちっぽけなことで叶えられたのに……」
少女の脳裏に、喧嘩ばかりしている大人たちが浮かぶ。
少女の非行に、母親を責める父親。家庭を顧みない父親を、少女のせいにする母親。
「あたしが悪いのなら、あたしがいなくなればいいだけなのに、あたしはどうして生きてるんだろうね……」
そう言った少女の前で、青年は白い粉の入った袋を燃やした。
「おまえのせいで、とんだ大損だ」
青年の言葉に、少女が笑う。
「自分で燃やしたんじゃない」
「ああ、そうだ。だから俺はおまえに売るものは何もない。おまえもここにいる意味もない。さっさと家へ帰りな」
「……嫌よ。あの家に私の居場所なんかないんだから」
「それでも帰れ。いいか、ノストラダムスは馬鹿じゃない。でも人とずば抜けて違うことをする人間は、変人とみなされる。おまえもおんなじ変人だ。だから望むことは望めばいい。それが叶わないのは誰のせいでもない、自分のせいだ。自分で何かを掴む実感を得てみな」
よくわからない理屈をこねられながらも、少女は苦笑し、立ち上がる。わけがわからなくても、背中を押すきっかけにはなっていた。
「帰る」
少女はそう言って、数日ぶりに家へと帰った。
両親の喧嘩がなくなっていたわけではない。少なからず自分も怒られた。
「ねえ、お父さん、お母さん。私も二人が望むような子になれるよう努力するから、二人も喧嘩なんかやめてくれない?」
たったそれだけの言葉を言うのに、どれだけの時間がかかっただろう。
少女の望みは、少女自身の手で掴まれた瞬間だった。