058 ダンサー
休日のビル街に、大音量の音楽が響く。
カラフルで身軽なファッションの若者たちが、まるでジプシーのように舞う。
「沙羅。ちょっと休憩しよ」
最後まで踊っていた少女はそう言われ、水を飲んで階段へと座り込んだ。
若者たちはここで踊りを磨く。休日出勤のサラリーマンや、家族連れで出かける人々が、時に見てはいけないようなものを見る目で、足早に通り過ぎる。それでもやめられないのは、人に見てもらいたいから。この場所が好きだからである。
でも、みんなそれぞれが抱えている悩みが、少しずつ影を落とす。
「早くプロになりてえな」
「ああ。次の大会には絶対勝つ。じゃないと、親も納得させられないし」
「おまえ、サビのところもっと回転増やせんじゃねえの」
「それは無理だよ、今のでギリギリ。おまえこそ、その後のジャンプ、もっと高く飛べよ」
そんな仲間の声が、沙羅と呼ばれた少女にも響く。
ギスギスした仲間は嫌だが、沙羅自身も焦りがないわけではない。だが歯をむき出し、失敗する度に衝突する仲間を見て、沙羅は居たたまれない気持ちにもなった。
沙羅はふと、ビル群の中にそびえる高層マンションを見つめた。上の方は風が強いらしく、ベランダに干された洗濯物が今にも飛びそうになっている。
「どうしたの? 沙羅。ぼうっとしちゃってさ」
仲間の声に我に返って、沙羅は繕うように笑った。
「ううん。あれ」
沙羅はそう言って、高層マンションのベランダを指差す。
「マンションがどうかしたの?」
「あの洗濯物、まるで踊ってるみたい」
不思議なまでの沙羅の言葉に、仲間たちは一斉にベランダの洗濯物を見つめる。
「あっははは。確かに。沙羅、変なこと考えるなあ」
「そうかな……?」
「でもわかる。激しいダンスだな。俺らも負けちゃいらんねえ」
風に煽られるように、一同は立ち上がる。
「もう一度、最初からやろう。納得いくまでじっくりと」
「おう!」
今日も休日のビル群に、キラキラした夢を背負った、若者たちが舞う。