056 流される男
「迎えに来て」
「コーヒー買ってきて」
「食事よりカラオケがいいな」
なんだろう。僕は彼女の、ただ都合のいい男?
僕にだって意思がないわけじゃない。頼まれれば断れない性格ではあるけれど、なんだか彼女を喜ばせたくて、それが嬉しさに変わっている僕がいる。
でも、僕にもプライドがある。そうそう彼女の言いなりにはなりたくない。
「映画行かない?」
今日こそ主導権を握ろうと、僕は彼女にそう誘いをかけた。
「いいよ」
彼女はあっさりOK。
「このSF映画でいいかな。観たかったんだ」
「ええ? 今は洋画より邦画じゃない?」
「そ、そうかな……」
僕はひるんだが、今日は僕が主導権を握ると決めている。
「そうだよ。こっちの刑事モノがいいな」
「いや、今日は僕が誘ったんだから、僕の観たいものにしない?」
彼女は一瞬考えて、溜息をつく。
「いいけど……私、ぶっちゃけこの間、それ観たんだよね」
それを聞いて、僕はがっくり来た。
誰と観たんだ。そんなことは聞けない。彼女は僕の恋人ではないから。でも、すでに観たと言っている彼女に、二度も見せるのは忍びない。
「わかった……じゃあ、こっちの刑事モノにしようか……」
結局今日も、僕は流されるまま。
だけど惚れた弱みというやつか、僕は彼女を嫌いになれない。