051 私のパパ
中学生の萌は、最近出来た彼氏と交換日記をしている。
「今日は授業でやったバレーボールで、突き指しちゃった。ぼうっとしてたのはね、キヨ君を見ていたからだよ……」
そう書いたところで、萌は恥ずかしさに目を細めた。
「もう、やだー。恥ずかしい!」
一人でそう呟きながら、萌は後ろにある気配に気付き、ハッとする。
するとそこには、仁王立ちで恐ろしい顔をした、父親の姿がある。
「パパ!」
「何が恥ずかしいだ! こっちのほうが恥ずかしいわ。まったく、中学生で色気づきやがって。俺はな、絶対に交際なんか認めないぞ! 何がキヨ君だ。今度の日曜デートだってな、絶対阻止するからな!」
そう言っている父親は、まるで頑固な子供のように口を曲げている。
「もう、パパ! 勝手に日記読んだのね。サイテー!」
「ああ、最低で結構だ。当たり前だろ、萌。この世に生まれてたった十四年、それなのにおまえは学生の本分である学業に専念もせず、男にうつつを抜かすっていうのか。そんなの父さん、絶対に認めないからな」
父親はそう言うと、おもむろに机の上の交換日記を奪い取り、真っ二つに引きちぎった。
「ああ!」
「少しはこれで思い知れ」
その時、萌の目から涙が零れ落ちた。
「も、萌……」
「ううっ、ひどい……」
「うっ……も、もとはといえば、おまえが悪いんだからな。そりゃあパパも少しは悪いとは思うけど、でも……」
「出てって! パパなんて大っ嫌い!」
萌がそう叫ぶと、父親の顔も崩れた。
「ひどい……そんな言い方ないだろ。萌の馬鹿――!」
そう言って去っていく父親に、萌は呆気に取られる。
「逆ギレ、子供……もう、本当許せない!」
しばらくして、部屋がノックされ、今度は母親がやってきた。
「ママ! ひどいんだよ、パパってば」
「聞いたわ。パパも反省してるから、許してあげて。それに、私だって心配よ。まだ萌は中学生なんだし」
「でも……」
「パパね、部屋に閉じこもっちゃって、夕飯もまだなのに食べようともしないのよ。あの食い意地の張ったパパがね。萌のこと大事だからしたことなんだから、萌も許してあげて」
「……うん……」
まだ納得は出来なかったが、小さい頃から父親に大事にされてきたことだけはわかっている。
「私も言い過ぎたかも。パパに謝ってくる」
萌はそう言うと、父親の部屋を訪ねた。
「パパ……」
だが、そう言っても返事はない。
萌がそっと部屋のドアを開けると、部屋の中は真っ暗で、唯一ついたテレビには、萌の小さい頃の姿が映った、ホームビデオが動いている。
「パパ……」
テレビの前のベッドで眠ってしまっている父親に、萌は静かに近付いた。
「ごめんね、パパ。私もパパの気持ち考えてなかった。でも……破るなんてひどいよ。でも私のこと考えてのことだもんね……」
その時、父親ががばっと起き上がり、萌の肩を掴む。
「許してくれるのか?」
「う、うん」
「よかった!」
父親は泣きながらそう言って、萌をしっかりと抱きしめた。
「もう、パパってば過保護なんだから。でもわかってるよ。私もパパのこと大好きだもん」
「萌――!」
その週末、萌のデートに父親がついてきたのは、言うまでもない。
「ちょっと、パパ。帰ってください」
「嫌です。だってパパのこと大好きだって言ったでしょう? 絶対に交際は認めないっていうのは撤回してないからね」
「もう!」
萌と父親の、浮き沈みの激しい死闘の日々は、これからも続く――。