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050 待ちぼうけ
少女はその場所で、何度も何度も腕時計に目をやる。待ち合わせ時間から、三十分が経とうとしている。
不運にも携帯電話を忘れてしまい、連絡しようにも、いつ来るかわからないために、ここから離れるわけにはいかない。
「遅いな……一時間待って来なかったら帰るからね」
ぼそっとそう言って、少女は空を見上げる。ネオンが輝く街が、ぼんやり見える。涙にかすむと同時に、ピントが合わない。
「もう。出来ることなら掛けたくないのに……」
そう言うと、少女は鞄から眼鏡を取り出して掛けた。
途端、目の前に知っている少年の顔があった。少年はガードレールに寄り掛かりながら、何度も時計を見つめている。
「日野君!」
少女が駆け寄ると、少年はムッとした顔で立ち上がる。
「遅いよ」
そう言った少年に、少女は静かに口を開いた。
「……眼鏡、どうしたの?」
「デートだから……かけてない」
その言葉に、少女は笑う。少女もまた、同じ気持ちで過ごしていたのだ。少年が、目の前にいることも気付かずに――。
「とりあえず、コンタクトでも作りに行く?」
二人は笑いながら、繁華街へと消えていった。