048 咲きはじめの百合
※百合要素を含みます。
いつからだろう、亜衣のことを誰にも渡したくないって思ったのは――。
「百合? どうかしたの?」
そう呼ばれ、私は我に返った。
「亜衣……」
目の前にいるのは、亜衣。私の親友。中学校からの友達で、この三年間ずっと一緒にいた。
親友だと思っていた私はつい最近、亜衣への自分の気持ちに気付いてしまった……。
(好きなの、亜衣……)
口から溢れ出しそうな言葉を止めて、私は笑う。
「何かあった? ぼうっとしちゃって。帰ろ?」
「うん」
私は立ち上がると、亜衣とともに学校を出て行く。
辛い、逃げ出したい……この気持ちに気付いてから、ずっとそんなことを思ってる。
この気持ちに気付いたのは、中学最後の体育祭の時だ。いつも明るくて元気な亜衣に、男子の一人が告白をした。単なる友達を取られたくないという独占欲かもしれないと思ったけど、私は今も、亜衣にドキドキしてる。触れたいと思ってる。
そんな自分が汚くも感じてる、今――。
「もう、百合ったら! 本当にどうしたのよ。もしかして、受験ノイローゼ? 元気出してよ」
亜衣は何の危機感も持たずに、私を心配してくれる。私に笑いかけてくれる。
「ごめん、本当になんでもないの」
「本当? 心配だなあ」
「……亜衣こそ、受験勉強大丈夫? 今日も塾なんでしょ?」
「うん、私馬鹿だから勉強しないとね。高校も、百合と一緒のところに行きたいし。ね?」
「うん……」
もし、私が亜衣に告白したら、この笑顔も何もかも、失ってしまうのかな……。
毎日毎日、私は悩んだ。日増しに強くなる恋心。
「百合。帰ろ」
「ごめん。他に約束あるから……」
次第に私は、亜衣を避けるようにまでなっていた。
「百合。何があったか知らないけど、私が何かしたなら謝るよ。だから許して」
亜衣はそう言ったけど、私は目を伏せる。
「ごめん、亜衣……亜衣は何も悪くないの。悪いのは……」
それ以上何も言えず、私は学校を飛び出した。
辛い、いっそ告白して楽になってしまおうと何度も思ったが、未来だけでなく過去を失くすかもしれないと思うと、怖くて出来るわけがない。
義務教育でなかったら、私は学校をやめているかもしれない。それほどまでに、追い詰められていた。
それから数ヶ月後。私は亜衣とは別の高校を受験し、春から他市の女子校に通うことになる。
「私……嫌われちゃったみたいだね。残念だけど……私にとって百合は、ずっと友達だと思ってるよ。学校が離れたって、ずっと……」
卒業式の日にも、亜衣はそんな優しい言葉をかけてくれた。ずっと無視し続けていた私に、亜衣はどうしてそんな言葉をかけてくれたのか。それなのに私は……と思うと、自分に腹が立って仕方がない。
私は泣きながら、思わず亜衣を抱きしめる。
「ごめん。ごめんね、亜衣……ごめんね……」
「百合……本当、どうしちゃったの?」
私の腕の中で、亜衣も泣いた。
「ごめんね、亜衣……大好きだよ。でも……だから、一緒にはいられないんだ……!」
そう言って、私は亜衣から離れると、そのまま学校を後にした。
それから私たちは、別々の高校へ通い始める。
あの時、幼い私には、そうすることしか出来なかった。だけど今も、亜衣は私の隣で笑いかけてくれている――。