046 金庫の中
※ホラー要素を含みます。
男の職業は、元は鍵師だった。男に開けられない鍵はない。家も金庫も、鍵のあるものなら何もかも――。
ふと住宅街を物色中、男はゴミ捨て場で足を止めた。
「兄ィ?」
傍らで、いつの間に子分のようになっていた青年が、首を傾げている。
「金庫だ」
ゴミ捨て場には、古めかしい金庫がそのまま捨てられている。ダイヤル式と鍵を合わせたものだ。
男に、金庫を開けたい欲求が起こる。
「おい。開いてるか確かめろ」
青年にそう言うと、青年は金庫の取っ手を掴んだ。だが、開いていない。
「開いてないよ。でも、こんなの兄ィならすぐ開くっしょ」
「いや、これは結構難関だ。ずいぶん古い。これだけ古けりゃ、持ち主すら開けられないかもな。おい、車持って来い」
「持って帰るの?」
「一応な。ま、入ってなかったらそれでいいじゃないか。でも、よくある話、遺産で残った金庫、ダイヤル番号も鍵もなく、開ける術がなくて捨てる人間はたくさんいるんだ。遺産がない人間ならなおさら。このタイプ、並の技師じゃ開かねえぞ」
二人は閑静な住宅街のゴミ捨て場から、重い金庫を担いでアジトへと向かっていった。
着くなり金庫に手をかけた男は、変わらぬワクワク感を抱く。この気持ちだけは、他の誰にもわからないかもしれない。
だが、金庫は思ったより手強かった。男は意地になって、飲まず食わずでダイヤルを回す。もちろん特殊な器具も使うが、手ごたえはまったくない。
「兄ィ……ちょっと休んだら?」
青年はそう言って、コンビニでこしらえた軽食を差し出す。
「そうだな。ありがとう。おまえは先休んでいい」
「うん……じゃあ、おやすみっス」
青年が去り、一人きりになった男は、サンドウィッチやおにぎりを頬張りながら、何度も金庫に手をかける。
「うーん、どうしたもんかな。もっと手強い金庫だってあったはずだが、こんなに時間がかかるとは……俺の腕も落ちたかな」
その時、カチッと、今までにない感触が手に伝わった。
「お? お、おお!」
慌てて手に持っていた食料を皿に戻し、男は金庫にすがりつく。あとは鍵穴に鍵を通すだけだ。
こちらはお手のものだった。逸る気持ちを抑え、器具で鍵穴をなぞる。
「よっしゃ。遂に開いたぞ!」
男はそう言って、金庫の取っ手に手をかけた。
見た目は大きいサイズでもない金庫だが、鉄製のためか、年代物のためか、物凄い重い。
「くそ。開け!」
渾身の力を込め、男は全体重をかけてドアを開いた。
「う、うわあああああ!」
男は驚いた。中に何も入っていないかと思った。入っているならば、紙切れや小銭に似た金属であるかと思った。
だが、中にあったのは――。
「て、て、手?!」
手だ。人間の手首である。それ以外は、何も入っていない。
「なんてこった、やっちまった! とんでもねえ金庫だった!」
男は焦っている中で、いろいろなことを考えた。
このままゴミ捨て場に戻せば、指紋や科学捜査から自分の足取りが掴まれるかもしれない。誰かに見られていたかもしれない。かといって、警察署の前に捨てるわけにもいかない。
「やっぱり山奥か海の底にでも、どっかに捨ててくるか……」
それが一番だと思った。
「よし、夜明け前にあいつを起こして、すぐに……」
その時、開いていたはずの金庫の扉が、勢い良く閉まった。そのスピードは人為的、もしくはおかしな重力が働いたとしか思われない速さで、気配もなく、男に逃げる隙すら与えなかった。
「う……わあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
男の手は、金庫の中へと呑み込まれていた。