045 花火の夜に
その日、彼女の美しい顔が、僕の胸に焼きついた。
同級生――。まだ高校生の僕らは、周りの友達のように軽々しく手なんか繋げる性格でもない一方で、思春期特有の好奇心や焦りを抑えきれずにいた。
「花火やろっか」
夏祭りの縁日を抜け、海辺に出た僕は、コンビニで買っていた花火を見せて言う。彼女はただ、恥じらうように無言で頷いた。
彼女といると、ドキドキする。言葉なんかいらないくらい、ただ存在が僕の隣にあればいい。あわよくば、その笑顔を独り占めにしたい。
浜辺に着くと、用意していたマッチやらで種火をつくり、彼女と同じ花火を持つ。
花火は美しく、その手先から火花を散らしている。
「綺麗だね」
やっと、彼女がそう言って笑った。
その顔は本当に綺麗で、僕は一瞬にして心を鷲掴みにされる。
「う、うん。本当に……」
気の利いた言葉も見つからず、僕はただ花火を見つめる。
「最後だね」
あっという間に終わった花火で、残ったのは線香花火だけ。
「やる? 線香花火」
僕がそう尋ねると、彼女は怪訝な顔をして僕を見つめた。
「やらないの?」
「あ、いや、やるけど……派手な方が好きだからさあ」
「そう? 私、好きだよ。線香花火」
彼女の「好き」という言葉にドキッとしながら、僕は慌てて笑う。
「僕も好きだよ。線香花火」
取り繕うように言った僕を見透かすように、彼女は苦笑する。
「はい、どうぞ」
焦っている僕に対して、彼女は落ち着いた様子で、僕に線香花火を渡してくれた。
二人して、その儚げな火花を見つめる。
「綺麗……」
思わず、僕はそう言っていた。線香花火なんて、こんなにじっくり見たことはないかもしれない。だけど今見る線香花火は、今にも落ちそうな火の玉の周りに、美しいまでの火花が広がっている。
僕らは何本かある線香花火を、何度も見つめていた。
やがて終わった花火に、辺りが静まり返る。急に雰囲気が良くなったようで、僕はここぞとばかりに、彼女に顔を近づけようとした。
「帰ろっか」
僕がしようとしていることに気付いたのかはわからないが、彼女がそう言って立ち上がったので、僕は仕方なく諦め、二人で花火の後片付けをする。
「じゃあ、帰ろう」
すべての片付けを終えて僕がそう言った時、彼女の笑顔が見えた。
「今日はありがとう」
そう言いながら、彼女は手を差し出してきた。
まるで握手のようにその手を取り、僕らは歩き出す。
行きと変わらず言葉数は少なかったが、僕たちは確実に進展しているように感じていた。
その時、近くで一発の花火が上がった。
「わあ!」
思わず、僕らは叫ぶ。
たった一発の花火に照らされた彼女の顔が、温かかい光に包まれるように輝いていた。
「……好きだよ」
やがて自然に出た言葉に、彼女の顔が更に輝く。
僕らはそこで、幼くも優しいキスをした。