036 無菌室の子どもたち
遠い未来、何度目かの人類の危機が訪れている。
年々子供たちは減り続け、それもまた深刻な状況に陥った。
子供が生まれても、少しの抗体も持たないままで、空気中のウイルスに死んでしまうのだ。
そのため、子供は生まれてすぐに無菌室に入れられる。子供の頃だけではない。一生だ。
「おはよう、ベン」
今日も子供の母親は、宇宙服のような防護服を着て、我が子に会いに行く。生まれてから一度も、その手で直に触れたことはない。そして、これからもだ。
子供たちは小さな無菌の個室へ入れられ、一生を過ごす。人と肌で触れ合うことはない。
もちろん、何度も抗体ワクチンを打っているが、効き目はない。将来子どもも望めないが、人口受精でなら可能。だが、その子供も弱く、生きられる可能性は極めて低い。
「おはよう、ママ。昨日は新しい本をありがとう。面白かったよ。またたくさん持ってきて」
屈託のない笑顔は、いつの時代の子供もそうだ。
子供に防護服を着せて外へ出させた例もいくつかあるが、極端に弱い子供たちは、太陽の光はもちろんのこと、月明かりにまで敏感に反応し、大やけどを負った。そのため、無菌室からの出入りは禁じられている。子供たちは一生、この小さな部屋から出ることはない。
「今日もあなたが読みたいと言っていた本を持って来たわ。先生が、あなたは優秀だって褒めてくださったのよ」
「本当? 嬉しい」
無菌室の中でも、授業は行われる。一人一人に教師がつくのだ。とはいえ、将来の就職口などはほぼない。
この絶望しきった世の中で、大人たちは落胆し、未来に怯えていた。
“ベン。手に入れた?”
夜、誰もいなくなった無菌室で、ベンの脳裏にそんな声が聞こえ、立ち上がった。
隣の無菌室も透けていて、隣同志の子供とは少なからず交流がある。
“もちろんだよ。これさ”
ベンもそう念じて答える。
大人たちは知らない。この弱き子供たちに、こんな能力があることを。
“それだけあれば十分だね。ベン、決行するよ”
近くには、積み上がった本がある。何日も掛けて溜めてきた、母親が持ってきてくれる本の山である。
“うん。やっと自由だね”
“みんなを起こせ。一緒に行こう”
ベンは念じるように、本の山に手を当てる。すると、たちまち火の手が上がった。
“燃えろ、燃えろ!”
こんな能力もまた、彼らの秘めた能力である。
たちまちセンサーが反応し、セキュリティの利いた無菌室のドアも一斉に開いた。
だが、すぐに作動するはずのスプリンクラーが反応しない。それもそのはず、他の仲間たちが事前に壊しておいたのだ。
子供たちは自由を求め、鍵のかかった無菌室から外へと走り出す。テレパシーで会話の出来る彼らは、連携もよく取れていた。
「外だ!」
憧れの外。まだ見ぬ世界。思わず子どもたちは叫んだ。
初めて見る世界に、日の出がやってくる。
「太陽だ。あれが……」
ベンがそう呟いた瞬間、何百人といる子どもたちは、日の出とともに太陽の熱で燃えて死んだ。
だが、後悔などない。
「綺麗だな……外って……」
一生閉じ込められた生活など考えたくなかった。少なからず彼らは、満足していた。