356 にほんむかしばなしふう
あれは、ある寒い夜のことでした。
村はずれに一人きりで住んでいるおばあさんが、夕飯の片付けをして戸締りをしている最中、トントンと戸を叩く音がしたのです。
「はて、こんな時間に誰かしら」
戸を開けると、そこには小さな男の子が二人おりました。
「一晩泊めてくださいな」
おばあさんがどこの子かと尋ねましたが、子供たちは首を振るばかり。
帰すにはあまりにも暗く寒い夜でしたので、おばあさんは二人を家の中へと招き入れました。
次の日の朝、起きた時にはすでに子供たちの姿はなく、ただ綺麗に畳まれた布団だけが、夢ではないことを物語っておりました。
その日の午後、おばあさんが畑仕事から帰ると、家の戸口には葉に包まれた草団子が置いてありました。
「はて、誰が置いたんだろうか」
おばあさんは疑問に思いながらも、あの子供たちからのお返しかもしれないと思い、草団子をいただきました。
それから数日後の夜、またも戸を叩く音が聞こえ、戸を開けると、そこには先日の子供のほかにもう一人、子供が立っておりました。
「一晩泊めてくださいな」
三人の子供たちがそう言います。
おばあさんは気味が悪いのもありましたが、愛らしいその顔に苦笑し、中へと引き入れました。
また次の日も、朝になると子供たちの姿はありませんでしたが、やはり布団は綺麗に畳まれておりました。
その日の昼頃、おばあさんは先日、子供たちが来た次の日に、家の戸口に草団子が置いてあったことを思い出し、早々に畑仕事を切り上げて、家へと帰っていきました。
すると家の前に、キツネが三匹、なにやらゴソゴソと動いています。
おばあさんは物陰に隠れて、そのまま様子を窺いました。
それからすぐにキツネはどこかへ消えていきましたが、戸口には案の定、草団子が置かれているではありませんか。
「なんと、律儀なキツネだろうか」
おばあさんは愛らしささえ覚えて、草団子を有難く受け取りました。
数日後。
「そろそろ来る頃かしら。今度は四匹来るかしら」
きっとそろそろ、また子供たちが来ると思い、おばあさんは部屋を暖めてその子らを待ちました。
しかし、子供たちはいつまで経っても来る気配を見せません。
「どうしたのかね」
おばあさんは疑問や心配を抱えながら、来る日も来る日も子供たちを待ちました。
それからしばらくたったある日、村の猟師がこんな話をしているのを聞きました。
「この間、キツネを仕留めたと思ったんだが、逃げられた」
おばあさんは真っ青になって、キツネの巣穴を探しに回りました。
「おおい、キツネやい。何もしないから出ておいで」
そう呼んでも、キツネは一向に姿を見せません。
何度も呼んでいるうちに、おばあさんの家の前に、最初に来た二人の子供が立っているのが見え、おばあさんは駆け寄りました。
「おおい、おまえたち。いったい何をしていたんだい。心配したんだよ」
そう言うと、子供たちは悲しそうな顔を見せます。
「仲間が怪我をして重傷なんです。傷薬を分けてもらえませんか」
子供たちの言葉に、おばあさんは何度も頷きました。
「おまえたちがキツネだということはわかっているよ。もしかして、猟師に撃たれたのかい?」
おばあさんの言葉に驚いた様子で、二人の子供はお互いに顔を見合わせますが、やがておばあさんの顔を見て頷きました。
「はい。銃で撃たれたのです」
「やっぱりそうかい。この家は暖かいし安全だよ。これ以上、村の人に見つかったら危ない。撃たれた仲間をここまで連れておいで」
「でも、すっかり人間を怖がっていて、巣穴から連れ出すことが出来ません」
おばあさんは納得し、可哀想だが傷薬だけを与えて帰しました。
次の日、また戸口に草団子が置いてあったので、おばあさんは森に向かって叫びました。
「キツネやーい。何もしないから出ておいで。草団子一つこしらえるのも大変な苦労だろう。私は見返りなんか求めちゃいない。話し相手で十分だ」
そう言うと、キツネがあとからあとから顔を出し、おばあさんは驚きました。
「おまえたち、そんなに仲間がいたのかい」
すると、怪我をしたキツネが、足を引きずりながら歩いてきました。
「傷薬をありがとうございました。おかげですっかり治りました。今年はとても寒い日が続くので、一番小さな子供たちが、夜は寝床をお借りしました。あなたが村一番の優しい人だと知っていたからです」
その言葉にすっかり上機嫌になり、おばあさんは満面の笑みを浮かべて頷きます。
「怪我の治りが早くてよかった。もう好きなだけここにいていいんだよ。これだけ家族がいれば、一人暮らしも楽しいもんだ」
以来、おばあさんとキツネたちは一緒に時を過ごし、キツネは必要とあれば人間に姿を変え、おばあさんの仕事を手伝ったりもします。
おかげでおばあさんはだんだんと金持ちになり、キツネのための家を持つことも出来ました。
今ではキツネは、おばあさんの大事な家族なのです。