353 ラストムービー
なんにしても、最後っていうものは物悲しいものだ。
四十年続いた町の小さな映画館も、大型映画館の設立で潰れていき、とうとううちも映画館を畳むこととなった。
それもそのはず、一日に十人来ればいいほうだなんて、ここ数年は赤字続きの操業だった。それでも私はこの映画館が好きだし、この仕事を誇りに思っている。
だが、設立当時は若さ溢れる青年だった私も、もはやすっかり髪が真っ白になったお爺さん。それでも妻と二人つましく生きていれば幸せなのだが、赤字の上に都市開発まで加わり、とうとうここを壊さねばならない。都市開発には反対したいが、客で大賑わいならまだしも、もう常連客だけではやっていけない実情があるのだ。
「館長。最後の回、開場しますね」
妻の言葉に、私は静かにうなずいた。
ひとつ前の回では、親子連れが二組だけ。まさかそれが最後の客だったならば、私はしばらく立ち直ることが出来ないかもしれない。
だが、妻の言葉を皮切りに、古びた座席にどんどん人が入ってゆく。
妻はチケット販売、私は映写担当。二人三脚で続けてきたこの映画館の最盛期を見るように、私は我が目を疑った。
「館長、来たよ!」
映写室に向かって手を振った人物に、私は映写室を抜け出して、客席へと走っていった。
客席には、さっき手を振ってくれた同級生でもある八百屋のマサ、他にも商店街の人たち、いつもの常連客に加え、初めて見る顔もある。
「こ、これは一体どういうことだ? マサ、おまえ、店はいいのか?」
基本的に商店街の人たちは、同じ時間に仕事をしているので、休日たまに顔を見せてくれる以外にない。
「なに言ってんだ。この映画館は、俺たちの青春でもあるんだぞ。カミさん口説いたのもここだし、初めて息子と来た映画館もここだ。最後くらい、一緒に見届けさせてくれよ」
「マサ……」
マサの言葉に頷くみんなに、私は涙を堪え、お辞儀をした。
「では、そろそろ開演時間となります! みなさん、最後の上映をお楽しみください!」
映写室に戻り、私は堪えきれず涙を流した。
こんな小さな映画館に、流行の映画は回ってこない。私が最後の上映に選んだ映画は、名作中の名作だ。何度も上演してみんなも見ているはずなのに、ところどころからすすり泣く声が聞こえる。
みんなこの映画館の閉館を惜しんでくれていると思うと、私も嬉しかった。
「ありがとうございました」
妻と頭を下げながら、私たちは最後の客を見送る。
「なに言ってんだ。二人、よく頑張ってくれたよ。閉館は残念だ。だが、俺たちは忘れないよ。ここに映画館があったことも、館長夫妻の頑張りもさ。ここがなくなったって、俺たちは仲間だろうが」
「ありがとう……本当にありがとう……!」
感無量で泣きながら、私はマサを初めとする最後の上映に来てくれたお客さん全員と握手をした。
こうして、最後の上映を終え、劇場の主電源を切るのが名残惜しい私を悟って、数人が残ってくれた。
「さよなら……ありがとう」
ともに苦楽を歩んだ映画館にそう言って、私は数人の仲間が見守る中、劇場の主電源を切った。
空しいが、別れとはそういうものだ。
だが、物語はここでは終わらない。
後日、私のところへ届けられた封筒の差出人には、マサの息子の名前が書かれていた。中に入っていたのは、一枚のDVD。私は家の小さなテレビで、その中身を確認した。
DVDに映っていたのは、閉館当日の様子だ。映画館の外、最後のお客さんの顔触れ、チケットを切る妻の姿、客席から見える映写室にいる私、私の最後の挨拶など……一部始終を撮ってくれていた内容に、私はもう一度涙を流す。
「あの映画館は終わってしまったけれど、私たちの人生はこれがラストムービーじゃない。これからも、二人で歩んでいこうな」
そっと頷く妻と寄り添い、私は何度もその映像を見続けていた。