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350 転校生

 海と山しかない小さな町。テレビゲームよりも、友達と外で遊ぶほうが楽しい。そんなドのつく田舎町に、転校生がやってきた。転校生というだけでも、うちらにとっては大事件なのに、東京からやってきたなんていうのは、もう宇宙人がきたのと一緒だ。

坂木颯さかきはやてです。よろしくお願いします」

 田舎の泥臭さみたいなものがなく、髪の先まで綺麗ですらりと背の高い彼は、一クラスしかない六年生の……私の教室にやってきた。


「はあ。やっぱ東京もんは名前からして違うのう」

 幼馴染みの瑛太えいたにそう言いながら、私たちは帰り道を歩く。

「なに言っとんのや。俺かて瑛太なんて名前、カッコええやろ」

「確かにこの変じゃあんまりいないけど……でも颯なんてカッコええし」

 その時、後ろから近付く気配に、私たちは振り向いた。するとそこには、転校生がいる。

「なんや。転校生やないかい。今ワレの話しとったんやで」

 瑛太がそう言った。

「ああうん……同じクラスだったよね。よろしく」

「なんや。すかしやがって」

「やめなよ、瑛太。私、千夏。戸森千夏ともりちなつ。よろしゅう」

 瑛太をなだめながら、私は初めてそう名乗った。学校じゃ、みんな物珍しげに彼に寄っていったのだが、私は少し恥ずかしかったので、話すのも初めてだ。

「戸森さん。よろしく」

「千夏でええよ」

「じゃあ僕は颯でいいよ」

「ほんじゃ、俺は瑛太って呼んでええよ」

 突然、瑛太がそう言ったので、私たちは笑った。


 そんな些細なきっかけで、私は颯とつるむことが多くなった。

 颯は勉強もスポーツも出来たので、すぐにクラスのみんなとも仲良くなった。でも一つだけ人と違ったのは、両親がいないこと。お母さんが亡くなり、お父さんだけでは育てられないと、祖父母がいるこの町へ来たのだと、私たちにだけはこっそり教えてくれた。

「そうなんや……」

 私の許容範囲を越えた事実に、私は押し黙る。自分のお母さんがいなくなったら、そんなことは想像もつかない。

「でも僕、この町好きだよ。千夏にも瑛太にも会えたし、毎日楽しいから」

 何も言えない私たちに、颯の優しさが沁みる。

「颯。ずっと友達でいようね」

 やっと出てきた私の言葉に、そばにいた瑛太も、海を見つめたまま立ち上がる。

「ああ。俺たちはずっと友達や。おまえがよそもんだからっていじめるようなやつがいたら、俺がぶっしゃげちゃる」

「ありがとう。瑛太、千夏。ずっと友達でいよう」

 私たちは夕日の中で、固く手を取りそう誓った。


 でも、大人になるのは残酷だ。嫌でも亀裂が入っていく。

 同じ中学に進んだ私たちだが、中学三年生ともなれば、部活も受験も大変で、色恋沙汰も出てくる。

 そんな時、事件が起こった。

「瑛太と颯が喧嘩しとる!」

 その言葉に、私は慌ててグラウンドへと出ていった。

 瑛太と颯は共にサッカー部で、部活の前に起こったことらしい。

「なにやっとんの!」

 お互い掴み合った二人に私がそう叫ぶと、瑛太が颯の手を離した。

「女は引っ込んでろや!」

 いつになく苛立った様子の瑛太は、私に向かってそう言う。颯もまた、私を見ようとはしない。

「……男だとか女だとかは関係ないやろ。何があったか聞いとんの」

「知るかい。そんなやつほっとけ、千夏。来年にはもう、ここにはいないんやから」

 瑛太の言葉に、私は颯を見つめる。

「颯……? 嘘やろ?」

 もうずっと、颯はここにいるものだとばかり思っていた。だから友達でいようと誓ったはずだ。離れて友達でなくなるわけではないが、それでもやっぱりショックだった。

「……本当だよ。高校は、東京の高校に行く。もう子供じゃないし、父さんも帰って来いって」

 颯は静かにそう言った。

「でも……僕たちずっと友達だろ? 離れたって、友達じゃなくなるわけじゃない。そうだろ?」

 すがるような目で見つめる颯に、私は目を伏せる。

「ごめん、颯……私だってそう思いたい。でも、やっぱりショックや。お父さんのところに戻れること、素直に喜んであげられん」

 そう言って、私はその場から去っていった。


 それから卒業までの数か月。私と颯と瑛太、ほとんど話すことはなくなっていた。でもきっと、颯の気持ちは変わらないだろう。

 ある日、卒業まであと少しという日の朝、家を出ると、そこには颯の姿があった。

「颯……どうしたん? その顔……」

 颯の顔は殴られたように、痣になっている。

「瑛太にちょっとね」

 苦笑する颯に、私は口を曲げた。

「瑛太のやつ……本当、いつまでも乱暴なんやから」

「いいんだ。僕があいつの立場なら、もっと殴ってた……一緒に学校行こう」

「うん……」

 歩き出す私の隣には、颯がいる。二人きりなんて何年ぶりだろう。そんなことを考えていると、颯が口を開いた。

「卒業式の日、東京に行くよ」

 そのことを言うために来たんだと、私は悟った。

「……そっか」

「千夏……僕は千夏のことが好きだよ」

「えっ?」

「千夏は、僕のことをただの友達と見ているかもしれない。それでもいい。でも、これだけは伝えておきたかったんだ。友達のままでもいいから……僕のこと、忘れないでいてほしい」

 勇気を出して言ったんだろうその言葉に、不甲斐ない私は返事すら出来ない。

 無言の通学路を、私たちはただひたすらに歩き続けていた。


 そして、卒業式――。

 不意に見た颯は、クラスメイトに笑いながらも、どこか寂しげな表情を見せている。数年前、お母さんを亡くして、一人見知らぬこの町へやってきた頃のように……。

「千夏! 行くぞ、ほら!」

 卒業式が終わるや否や、私を自転車で出迎えたのは、瑛太だった。瑛太は高校も同じところへ通うことになっている。

「行くって、どこに?」

「駅に決まっとるやろ。おまえはどうせ意気地がないから、颯にさよならも言ってへんのやろ」

「そんなん、瑛太かて一緒やろ」

「あほう。俺はあいつを殴った日、これで許しちゃるって言ったわ。ええから乗れ」

 瑛太の自転車に二人乗りをし、私たちは駅まで走っていく。

「瑛太……私、嫌だよ。颯と離れたくないよ……!」

 やっと出た本音とともに、私の目から涙が溢れる。

「あほう。そんなもん、颯に言え。だけどな。あいつの決心鈍らせるんやないぞ」

「なによ、それ。言ってることめちゃくちゃ……」

「じゃあ言っちゃる。俺はな、おまえのことが好きや!」

「ええっ?」

「でもなあ、おまえの気持ちはとうにわかっとんのや。おまえは颯が好きなんや。だから颯に譲っちゃる。俺は殴ってすっきりしたしな」

「だから颯を殴ったん? っていうか、勝手に私の気持ちを決めんといて」

「おまえの気持ちに気付いてへんのは、おまえと颯くらいなもんや。ほら、行け!」

 駅に着くなり瑛太に後押しされ、私は無人の構内へと走っていく。目の前には、学校から直行したとみられる、颯の姿があった。

「千夏……」

 私は涙を拭いて、颯に精一杯の笑顔を見せた。

「また……戻ってくるよね? それまで私、待っててもええ? 私も、颯のことが好き」

 やっと素直に言えた私に、颯は何度も頷き、私の手を取る。

「必ず戻るよ。手紙も書く。だから待ってて」

「うん。その言葉だけで十分や。私、待っていられるわ」

 その時、電車の発車ベルが鳴り、颯は名残惜しそうに私を見つめる。

「行って。そんなに本数ないんだから。新幹線の時間もあるんやろ?」

「……ありがとう、千夏。元気で」

「颯! 千夏のことは心配すんな。高校行っても変な虫つかないよう、俺が見張っといてやるからな」

 遠くから、瑛太がそう言って手を振る。

「ありがとう、瑛太! 頼むな」

 そうして、電車は颯を乗せたまま、去っていってしまった。


 それでも、私は果てしなく遠い場所へ旅立った颯との愛を育んでいる。手紙で、電話で、バイトを始めてからは携帯も買ったので、メールもするようになった。

“今度の夏休み、そっちに行くよ”

 高校二年生の初夏、そんなメールに、私は家を飛び出した。

「瑛太! 瑛太!」

 近所の瑛太の家に駆け込むと、瑛太は部屋で寝そべり、くつろいでいる。

「な、なんや。人んち勝手に……」

「見て! 颯が来るって!」

「なに? 見せろや!」

 瑛太も自分のことのように喜び、私から携帯電話を奪う。

 今年の夏休みは、きっと毎日が楽しい。私たち三人は、友達以上の固い絆で結ばれているんだと、今すでに実感してる――。

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