347 完璧な計算
仲間は三人。狙うは閉店直後の銀行。俺たちは今日、銀行強盗をする。
この日が来るまで、店内の人の動き、カメラの位置、警備員の配置まで事細かに調べ上げたため、俺たちはもう目を瞑っていても銀行内に忍び込むことが出来る。
金庫のナンバーは、俺の出番。俺に開けられない金庫なんてないんだ。
「もうすぐだな」
俺はそう言って、時計を見つめる。ここ半年ずっと調べてきた。
閉店直後の銀行は、一瞬警備が甘くなる。行員たちが帰るため、人が多く流れ出るのだ。室内に人がいた場合も想定したが……即効性の催眠ガスまで用意した俺たちに、負ける気はしない。完璧な計算だ。
「準備はいいか。忘れ物はなしにしてくれよ」
「もちろん。いつでもいいよ」
「じゃあ、そろそろ行くか」
ドキドキしながらも、俺たちはすでに勝ち誇ったかのように、銀行へ忍び込む。もちろん、真正面からは入れない。従業員入口からも入らない。天井、地下、いろいろ調べたが、一番入りやすいのは、隣にあるビル……誰も入らない資材倉庫の部屋の奥に、俺たちは夜な夜な穴を開けていたのだ。それを貫通すれば、もうそこは銀行の中である。
「クックックッ。こんなに簡単でいいのかねえ」
仲間の一人が、今まさに開いた入口を見て、思わず笑う。
俺もまた、自分たちの完璧なまでの計算に、笑みが零れずにはいられない。
銀行内に入ると、薄暗い照明の中に数名の行員が残っていた。
俺たちは気付かれないように、催眠ガスを部屋に充満させる。このあたりは想定内。俺たちはマスクをしているから大丈夫だ。
数分の時間を待って、俺たちは静かになった銀行内で、悠々と作業を開始する。
「俺に開かない金庫はない」
特殊な銀行の金庫も、俺にかかればお手のもの。子供みたいなもんだ。
「そろそろ行くぞ。長居は無用だ」
すべての金には手を付けず、持てるだけの金を詰めて、俺たちは元来た道を戻っていく。持てるだけといっても、ボストンバッグ五つ分だ。力しか使えない男でも、仲間にしておいてよかったと、この時ばかりは思う。
あとは颯爽と車に戻ればいい。車は目と鼻の先。裏路地に停めてある。
「もう少しだ」
思わずそう言って裏路地へ入りかけた瞬間、俺は立ち止まった。
「いて!」
その時、後ろを来ていた仲間が俺にぶつかり、目の前の人物がこちらを向く。
そこには、警官がいた。
「これはあなたたちの車ですか?」
切符を切ろうとしていたのか、すでに何かを記入中の警官二人が、俺たちに向かってそう言った。
想定内――ではない。
「い、いえ……違います」
普通にふるまっているつもりでも、こういう時の警官の鼻というのは厄介だ。
すぐに怪しいと判断したのか、俺たちに近づいてくる。
「逃げろ!」
ヤバイと思ってすぐに、俺は仲間にそう指示し、金を捨てて一目散に逃げ出した。
「ま、待てよ」
続いて仲間たちも走り出すが、金の重みに速度が出ない。
「馬鹿野郎。金なんか捨てちまえ! 捕まってもいいのか」
車や物からは証拠は出ない。逃げ切ればこちらの勝ちだ。また別のことを考えればいい。
俺はそう計算したが、金にがめついだけの頭の弱い仲間たちには、うまく伝わらない。
金を抱えたまま、仲間の一人が捕まったのがわかった。
「クソ! あいつ、しゃべらねえだろうな」
人は信用していない。俺だけでも逃げ切らなければ。
だが、もう一人の仲間も捕まった。
「大丈夫だ。警官は二人。俺を捕まえられやしない」
するとその時、目の前にパトカーが止まった。応援らしい。
「ク……クソゥ!」
俺は観念した。
駐車違反とは想定外……いや、ここ半年調べ上げた結果では、この時間この程度の駐車違反では何事もなかったはずだが……一年に一度あるかないかくらいの確立だろう出来事に当たってしまったことは、不運以外のなにものでもない。悪い事は出来ないということか……完璧な計算などないという、俺は身の程を知らされていた。