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346 ヘタレ魔王

 ここは魔界にある、第一魔界ノ学園。人間界でいうなら結構な金持ち学校。偏差値も高い。

 そんな生徒の中でも一際高い身分であるのが、俺。名はアークという。

 チビでヘタレで身分に構わずからかわれたりもするけれど、この国……いや、この魔界という世界の王の息子である。

 とはいえ、十三番目で末っ子の王子だから、特に将来を期待されているわけでもないし、実際になんの力も持っていないから、俺はとことん劣等生という位置づけをされている。

 それもこれも、目の前にいるこいつのせいだ。

「がおー」

 俺の机の上には、二十センチほどのドラゴンがいる。

 この学園では、中等部一年にもなれば自分のしもべとなるドラゴンやゴブリンを手に入れるのだが、俺のドラゴンといえば成長も遅く、他のやつのドラゴンなんて、大きいやつではすでに一メートルを超えるドラゴンもいるのに、まるで俺自身を見ているかのようで、毎日が悪夢だ。

「怖くないんだよ、ラルゴ。ラルゴなんて遅そうな名前つけたのがいけなかったのかな」

「がおー」

 ちなみにこのラルゴ、未だ火も噴けない。

「よお、アーク。おまえのドラゴン、まだ火も噴けないのか?」

 そう声をかけてきたのは、貴族である親友・シドだ。シドは学年一の優等生で、魔王である父からも可愛がられている。

「うるさいな。大事に大事に育ててるから、大きさや火なんて関係ないんだよ」

「見栄張っちゃって。それより聞いたぞ。上の兄上たち、天使狩りに出かけたって?」

 目を輝かせるシドに、俺は口を曲げた。俺の上の兄貴たちは、よく狩りを楽しんでいる。仕留めた天使は食用だ。

「いつものことだよ。金持ちの道楽」

「いいなあ、俺も早く天使狩りに行きたいよ。地の果てまで行くんだろ?」

「狩りなんてくだらないよ。大体、天使なんて猟師に任せればいいんだ」

「猟と狩りは違うだろ。くぅ、考えただけでしびれる」

 そう言うシドを尻目に、俺はラルゴに餌を与える。あまり血なまぐさい話は好きじゃない。

「おい、アーク。聞いてるのか? おまえ、本当にこういう話は乗ってこないな。だからヘタレとか言われるんだよ」

「言ってるのはおまえだろ。俺は大人になっても狩りなんてしないからな」

「ははーん。小さい頃に狩りに連れて行ってもらった時、兄上のドラゴンから振り落とされた恐怖症がまだ消えてないんだな」

「うるさいぞ、シド!」

「図星だろ。だからドラゴンにきちんと向き合えないんだよ。おまえのラルゴが成長しないのもそのせいだ」

「うるせ!」

 シドを追い払い、俺はラルゴを見つめた。

「おまえが成長しないのは、俺のせい……?」

 目の前のラルゴは、何も気に留めた様子もなく、くすぶった口の中から何度も息を吐く。でも出したいのにまだ火が出せないのは、やはり俺のせいなのだろうか。

「がおー」

「……そうだよな。王子なのにみんなから馬鹿にされてるような俺だもんな。なんの取り柄もないしさ……」

「ガオー!」

 その時、突然、猛獣のような声とともに、ラルゴが思い切り火を噴いた。

「うわ!」

 とっさに火も通さぬマントで避けた俺の周りで、同級生たちがどよめき立つ。

「な、なんだよ、今のパワー。俺のドラゴンの五倍……いや、十倍は勢いがあったぞ」

 そう言ったのは、学年一大きなドラゴンを持つ同級生だ。

「やっぱり……魔王様の子だ。巨大なパワーを持ってるんだな、アーク」

 急に手の平を返したように、口々に同級生たちが言う。それは、主人の力加減でドラゴンの力量も決まるからだ。つまり、俺はまだ力もないと思っていたが、潜在能力だけはあったと今証明されたことになる。

「お、おい、アーク。おまえ、その力……どの兄上たちよりも大きいんじゃ……」

 シドの言葉に、俺はラルゴを見つめる。

 初めて火を噴いたとはいえ、今までずっと火を噴きたそうにしていた。

「もしかして、ラルゴ……おまえ、ずっと力を抑えてきたのか? ここが……狭い教室だから……」


 その日、俺はシドとともに、ラルゴを連れて荒野へ向かった。ここなら誰にも迷惑がかからない。

「よし、ラルゴ。遠慮なく噴け!」

 俺の合図を待っていたと言わんばかりに、ラルゴは思い切り火を噴いた。

 その勢いは想像を遥かに超え、地平線の先まで一直線に業火が続く。

 と、同時に、俺の体が浮き上がった。

「わ、わ、なんだよ、これ!」

「覚醒したんだ! それがアークの力だ。これからは、訓練次第でどうとでもなるぞ」

 まだコントロールが出来ない俺の手を掴み、シドが言った。シドの顔は青ざめ、まるで俺という未知なる力に脅威すら感じているように見える。

「おまえも経験ある力か?」

「浮いたことはないけどね。でも小さいものなら浮かせられる。アークは力がなかったんじゃない。ただ遅咲きだっただけだ。これからどんどん力が出てくるはずだ」

「ああ、すごい力がみなぎっているのが自分でもわかる。なんでも出来そうだ。天使狩りにでも行けそうだ」

「すごい変わりようだな、アーク。でも、それでこそ魔王様の子だ」


 その後、俺はラルゴという相棒とともに、末っ子ながらにこの国の魔王になる。シドは俺の右腕になったが、もう誰も俺に口を出したりはしない。名実ともに、俺は魔界の王なのだから――。

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