345 シェフ
小さな街のレストランで、俺はシェフをしている。
小さいながらも人気の出てきたこの店は、俺の腕が認められてマスコミに出始めて以来、修行という名の素人シェフが後から後から湧いて出る。
「オーナー。いい加減にしてください。俺はもう、マスコミには出ませんから。それに、修行はまだいい。でも誰も続きはしないじゃないですか」
閉店後、俺がそう言うと、この店のオーナーが眉を顰める。
「すまないな。でも、君のおかげでここまで人気が出たんだ。マスコミに売り出すのはいいことだろう。それに、弟子が育たないのは、君が厳しすぎるから……」
「こちらはプロとして通用するように育てたいだけです。生半可な人間は元よりいらない」
「それはそうだけどね……」
その時、一人の女性が入ってきた。
「あ、すみません。もう閉店で……」
「いえあの……私、石坂牧子と申します。この店で修業させてもらいたいのです」
毅然とした態度でそう答える女性は、まだ見た目もチャラチャラした若い小娘である。
「女か」
そう言った俺に、女はむっと俺を見る。
「女で悪いですか?」
「俺の下で働くには、女はいらない。男でさえ音を上げる。食材の移動、下ごしらえ、かなりの重労働だ。女には無理だ」
その言葉に、女はにっこりと笑う。
「シェフですね。テレビや雑誌で拝見しました。重労働も、先輩の叱咤も小言も、何でも受け入れる覚悟があります。それに、女性だから無理っていうのはおかしいです」
「何がだ?」
「男は口を揃えて、女は料理が出来るもの。家庭にいない女は駄目だなんていう人が多いですが、それならどうして仕事になると、男の職場だなんて言われなきゃならないんですか? 今の時代に、男尊女卑なんて古いです」
なんのためらいもなく言い放った小娘に、俺は笑った。
「理屈っぽいお嬢さんだな」
「パワハラ、セクハラ、耐えてみせます。私の夢は、こんなところで終わりませんから」
「夢があるのか」
「はい。私の夢は、自分の店を持つこと。美味しい料理を提供することです。よろしくお願いします!」
なんだか今まで名乗りを上げた男どもとは比べものにならないほど、芯の通った感じのする女だった。
以来、彼女はこの店に働き始め、俺の元で修業する最年長者になった。
そして数年後には、俺は彼女の夢であった彼女の店で、彼女の下働きとして雇われることとなる。