340 魅力
自分の魅力は自分にはわからない。自分の個性というのは、自分が欠点だと思うところだって誰かが言ってた。でも欠点だらけの私を相手してくれる人なんていないわ。
そんなことを思いながら学校から帰る。木枯し吹く街を、私は一人で歩いていく。
子供の頃からいじめられていた私は、いつしか人目を避けるようになっていて、目立たず地味に生きることを決意する。友達なんかいなくても、いじめられるよりはいい。
手つかずの長い黒髪を揺らしながら、私は駅へと向かっていった。
「おい、あの子……」
そんな声が聞こえ、そっと振り返ってみる。
みんなが私を見ている気がする……昔そんなことを言ったら、当時いた友達に、自意識過剰だと言われた。それから反省して、そういうことを考えないようにしている。
(長くなった髪が目立つのかな……)
またも人と目が合い、私は目を伏せた。それと同時に、自分の身なりを確認する。べつに服が乱れているわけでもないし、臭いがきついわけでもなさそうだ。
やはり気のせいだと思い直し、駅の構内へと歩いて行った。
「あれ。大川じゃん」
その声に、私は目の前の人物に目を凝らす。クラスメイトの小室君のようだ。クラスの中でも、男の子は普通に声をかけてくれたりするので、女の子よりは怖くない。
「小室君?」
「なんで睨むんだよ」
「え、睨んでなんか……あ、視力が弱いから……」
前にあったいじめの原因の一つは、私の目が悪かったこともあった。目が悪いので、睨まれたと思う人は結構いたみたいだし、遠くから声をかけられても気付かない時もあったから。だからいじめといっても、自業自得なのだ。
「へえ、そうなんだ? メガネしねえの? コンタクトとか」
「そこまで悪くないし、慣れてるから。コンタクトなんて怖いし」
「ふうん?」
方向が一緒のため、なりゆきで私たちは同じ電車へと乗った。
「大川ってさ、友達作んないの?」
突然、小室君がそう言ったので、私は口をつぐむ。
「そんなことはないけど……」
「でも、どこの女子グループにも入ってないよな? 中学の時もそうだったって、同中のやつが言ってたけど……って言っても、べつにわざわざ大川のことについて調べたわけでもないんだけど」
「……いじめられてたの。小学校の時。中学では友達も何人かいたけど、やっぱり離れていって……」
「人間不信?」
小室君の言葉に、私は苦笑して答える。
「でも、こうして話しかければ、普通に話してくれるよな」
「無視したりしないよ」
「そうだけどさ」
「それに……男の子は少し楽。女の子は少し難しいんだ。私、グズだしブスだしトロイから……」
「ハハッ」
その時、小室君が鼻で笑ったので、私は少しムッとした。
「笑うなんてひどい。人が真面目に話してるのに……」
「ごめんごめん。だって真顔で言うからさ……女子って本当にくだらないよな。完全に妬みじゃん」
「え?」
怪訝な顔の私を見て、またも小室君が笑う。
「大川、本当にもったいないなあ。今まで教えてくれる人いなかったのかよ……っていうか、自分で気づけよ」
「意味がわからないけど……」
「じゃあ、俺と付き合ってって言ったら、少しは自信つく?」
「か、か、からかわないで!」
電車の中なのに、私は大声を出してしまった。それが後ろめたくて、私は小室君に背を向ける。
「……からかってないよ。ずっと好きだったんだ。付き合ってほしい」
後ろから聞こえる小室君の声に、私は戸惑いを覚えていた。
「誰が私なんかを相手にするんだろう……」
心で呟こうと思った言葉が、不思議と出てきてしまう。
「なんだよ、それ……人が真剣に言ってるってのに、信じもしないのかよ!」
今度は小室君がそう怒鳴ったので、私は振り返って人目を気にしながらも、目の前にいる小室君の顔から目が逸らせなくなっていた。
「だって……私、目立たないようにしてきたのに……もうからかわれたり、いじめられたりするの嫌なのに」
「付き合うのが駄目なら、友達からでいいよ。友達だから、大川をからかったりするやつがいれば守ってやる。約束する」
そう言って手を差し出す小室君の手に、私はおそるおそる触れた。温かい手だ。
「大川。胸張って生きろよ。そんなすらっと背が高くてさ、綺麗な顔してるのにもったいないよ。子供は残酷なところあるから……小学生の時は、きっと大川の綺麗さに嫉妬してたんだよ。俺以外の男子だって、大川は美人だし独特な雰囲気持ってるから、声かけられずにいるんだ。それだけだよ。自惚れてていいんだ」
「……そんなこと思えないよ」
「少しずつでいいじゃん。俺は今、大川に声をかけた自分の勇気に満足してる。大川は、本当に地味に大人しく生きるのが望みなの? そんな人生つまんねえよ。ただ息して生きてるだけなんてさ。これからは友達として、何かあるなら手伝う気まんまんだけど?」
不思議な言い回しをする小室君に、私は観念するように笑った。なんだかうじうじしていた自分が馬鹿らしくさえ思えてくる。
本当だ。私の望みは、そんなことではなかった。さっきまでいた私の世界は、地味で根暗な暗い世界。でも彼のおかげで、私の世界がほんのちょっぴり、動き出した気がする。きっとここから、静かに世界が広がり出すだろう。