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338 さなぎと蝶々

 芽依子は鏡に映る自分を見て、ため息をついた。

「なんて平凡な顔……エラ張ってるし、おまけに大きなホクロまで。ホクロがセクシーだなんて、程遠いよ……」

 高校三年生になっても彼氏がいないことで焦りを見せる芽依子だが、高校卒業後の進路に関しても頭を悩ませている。

「就職か、大学か……」

 親は大学を勧めているが、芽依子には夢があった。

「女優……」

 壁に貼られた人気女優の稲村レイラは、自分が目標としている女優であり、綺麗な女優の代名詞でもある。

 子供の頃からその世界に憧れ、中学高校でも演劇部を選んだくらい、憧れる夢だ。

 夢なんか見るんじゃない。その顔で、女優になんかなれるわけがない。親にはそう言われたが、美人女優で通らずとも、演技派女優になることは出来ると、芽依子は諦めきれずにいる。

「稲村レイラになりたい。美人で演技もうまくて、あんな人になれたら、私の人生変わるのに……」

 儚い夢を見ながら眠りについた芽依子。だが次の日の朝、夢は突然に叶う。


 支度をするために鏡を見た芽依子は、一瞬言葉を失った。

「い、稲村レイラ?」

 ここは間違いなく自分の家。発せられる声は自分の声、だがその顔は、憧れの女優・稲村レイラその人である。

「な、なんで? って、馬鹿だなあ。これは夢に決まってるじゃない。もう一回寝よう」

 芽依子はそう言ってベッドに入る。すると、遠くから声が聞こえた。

「芽依子! 早く起きなさい。ママ、先に行くからね?」

 父は先に会社に行っているはず。共働きの母も、そろそろ出勤時間のようだ。

「うーん。起きてるから大丈夫……」

 そう返事をして、芽依子はもう一度起き上がった。いつも通りの朝である。

 だがもう一度鏡を見ても、そこに芽依子の顔はなく、稲村レイラがいる。

「な、なんだっての?!」

 家から出た芽依子は学校には行かず、タクシーで稲村レイラの事務所へと向かった。


「私、正気だよね? まだ顔戻ってないよね? ここで稲村レイラに会えればいいんだけど……」

 事務所の前でもう一度鏡を見ながら、芽依子はなかなか中へと入れないでいる。

 すると、ふと背後に気配を感じ、芽依子は振り返った。そこには、帽子にサングラスにマスクといった完全防備な姿で立っている女性がいる。

 だが、その顎のラインにある大きなホクロには見覚えがあった。

「あ、あ、あ……」

 言葉にならずに指を刺す芽依子、すると同時に、指を刺された女性もまた、芽依子を指差した。「あ、あ、あ……あたし!」

 互いが互いを指差し、そこで二人は、お互いが入れ替わったことを認識したのである。


 じっくり話し合おうということで、芽依子は女優・稲村レイラの自宅へと連れて行かれた。

 変装を解いた稲村レイラの顔は、まさしく芽依子そのものである。

「本当に、これ現実ですよね……?」

 芽依子が尋ねると、稲村レイラは大きくため息をつく。

「私だって、現実とは思いたくないわ。一体どうしてこんなことに……」

「……きっと私のせいです。稲村レイラさんになりたいって、心から願ったから……」

「じゃあ心から願ってよ。元の自分になりたいって」

 声だけは違うものの、元の自分からそんなことを言われ、芽依子は俯いた。

「嫌です。自分の顔は名残惜しいですが、レイラさんみたいな顔があれば、私も夢が叶えられます」

「夢? 勝手なこと言わないでよ」

「私には、女優になる夢があるんです。演技には自信があります。これでレイラさんみたいな美貌があれば……」

 その言葉に、稲村レイラは苦笑して立ち上がる。やがて、戸棚の奥から一冊のアルバムを差し出した。そこには、素朴な少女の写真がある。

「子供の頃の私の写真よ。整形なんてしてないけど、お世辞にも可愛いとか綺麗とかじゃないでしょ?」

 稲村レイラの言葉に、芽依子は口をつぐむ。確かにこれでは、よくいる平凡すぎる少女だ。

「顔の良し悪し、性格の良し悪し、人それぞれだし、それは結構努力次第でどうにかなるものよ。今の私だって、普段から手入れを心掛けてるから見られるだけ。エステにジムに、努力は惜しまないわ。それに、ただ綺麗なだけの女優なんてたくさんいるでしょ。あなただって磨けば光る原石かもしれないじゃない? 私の顔に頼るまでもないわよ」

 封印したい過去のように、稲村レイラは手早くアルバムを閉じる。そんな行動は、芽依子にとってもよくやることだ。あまり人には見せたくないものである。

「私でも……頑張ったら、レイラさんみたくなれますか?」

「努力次第だってば。私になりたいっていう強い意志があるなら、すぐに私の隣くらいには来られるわよ」

 そう笑った稲村レイラの顔が印象的に芽依子の脳裏に焼き付き、そこで芽依子は気を失ってしまった。


 それから数日後。

「お父さん、お母さん。私、進路決めた。大学には行かない。就職もしない。ほんの少しだけでいい。夢に向かうチャンスをちょうだい」

 芽依子はそう言って、履歴書を片手に、稲村レイラの事務所へと出向くことになる――。

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