335 MAKE UP
物語の中のプリンセスは、どんなに貧乏でも人目を引く何かがあった。美しい容姿、綺麗な心、素敵な声、すらりと伸びた足。
そんな人に誇れる何かが一つもない私には、夢見る資格すらないのだろうか。ましてや王子様なんていないことなどわかっている。
私はため息をつきながら、夕暮れの街並みを歩いていた。
「舞香?」
その時、私はそう呼ばれて振り向いた。こんな綺麗な名前、名前負けして恥ずかしいのに。
振り向くと、そこには数年間会っていない高校の時の同級生がいる。
「あ、由美子?」
「うん、そう。やだ、全然変わらないね、舞香」
「そう? 由美子は……綺麗になった」
綺麗なメイクに手入れされた髪や爪。お洒落に目覚めず着飾りもしない私は、早くこの場から逃げたいとも思った。
「やだ。舞香ってば相変わらず化粧っ気ないんだから。なんなら寄ってく? うちのデパート」
「え……由美子、デパートに勤めてるの?」
「そう、化粧品コーナー。舞香って何もいじってないおかげで肌超キレイ。ね? タダだから寄って行って。私の仕事ぶりも見せたいし。最近マネージャーになったんだ」
「ええ。すごい」
久しぶりの出会いに少なからず気分が高揚し、私は由美子の職場である近くのデパートへと連れて行かれた。
大きなデパートの一角に構える化粧品コーナーでは、帰ったはずの由美子が戻ってきたということで、従業員と見られる女性たちが緊張するのが見た目にもわかった。
「マネージャー。お客様ですか?」
「うん、そう。高校の同級生にそこで会って。彼女にメイクしてあげて」
由美子はそう言って、私を椅子に座らせる。
「ちょっと、由美子。私、化粧って似合わないのよ……ブタにメイクしたって仕方がないでしょう?」
そう言った私に、由美子は口を曲げた。
「なに言ってんのよ、舞香。そんだけノーメイクで肌つやつやな人って滅多にいないんだからね。この年でなんの手入れもしてないのにそれだけ綺麗って自慢なんだから。うちの社員のためにも、メイクさせて。大丈夫よ。見違えるほど綺麗にしてあげるんだから」
そうこうしている間に、私にメイクが施された。
メイクなんて何年振りだろう。高校の時に友達としたこともあるし、社会人になってからも何度か機会はあった。でも、笑われたりじろじろ見られたり、いい思い出がなくて私は俯いて生きてきた。
「本当に、お肌綺麗ですね。メイクしないなんてもったいないです」
由美子の後輩が、そう言いながら、私にメイクをしていく。
「そんな……」
お世辞だろうと思った。でも、何人もの人にメイクをしてもらい、なんだかちやほやされているようで、私は悪い気もしていなかった。
「わあ。やっぱり化粧映えるじゃない」
由美子にそう言われると同時に、私は鏡で初めてメイクされた自分を見た。
どこかの女優さんのように、透き通った白い肌、パールみたいに輝く頬、いつもの倍くらい大きくなった目、セクシーな唇、小太りの私でも見違えるくらい、自然な仕上がりである。
「嘘みたい……」
「なに言ってんの。これが舞香の本当の姿なんだから」
気が付けば、周りには大勢のギャラリーがいる。
「由美子。私のことカモにしたわね?」
でも、悪い気はしない。
「えへへ。こんなに集まったのは想定外だけど……そんなに綺麗になったのは、舞香自身がいいからってこと、忘れないで。舞香のおかげで、思いのほか商品も売れたし、イメチェンさせたいと思ってたこっちが助かっちゃった。これ、お礼にあげるわ。今やったメイク道具一式」
「え、でもこんな高いもの……」
「いいのよ。久々に会ったんだし、私はマネージャー。同級生にこのくらいさせて」
「由美子……ありがとう」
「ううん。その代わり、毎日ちゃんとメイクしてみて。メイクのやり方は中に入ってるし。舞香、自信失くしてるみたいだけど、高校時代だって明るくてみんなの人気者だったじゃない。もっと自信もって欲しいのよ」
「うん……ありがとう」
久しぶりの友達は、私に自信を与えてくれた。確かに、いつからだろう。高校の時は、太っていても、ただ明るく振舞っていれば輪の中心にいられた。でもいつしか大人になり、周りが結婚していくことに焦りがなかったわけじゃない。私はいつの間にか、背筋を曲げて下ばかり見ていたのだ。
メイクをした私は、あの頃と同じように、輪の中心で笑顔を見せ始める。