330 熟年の青春
四十年連れ添った夫は、仕事を辞めて生きがいを失くしていました。
また私も、家にいなかった夫がいつもいるようになって、自分のペースというものを失っていたのです。
夫の生きがいを見つけるためにも、私が支えなければならないのですが、その気持ちもなんだかんだ小言を言われては削がれてしまいます。
私たちは、今こそもう一度話し合い、第二の人生を送ろうというところなのですが、もはや夫婦ではなく他人のようで、一緒にいるとお互いに息が詰まる毎日を送っているのです。
でも、今さら離婚などは考えられません。
若い頃働いていたおかげで、お金には困らないものの、この先一人になってしまえば、心細くて仕方がなく、孤独死ということまで、頭をよぎるのです。
夫とは趣味が合いませんが、夫も私もお互い別の趣味も持っておりますので、幸い、お友達も多くいます。
それなのに、私たちは二人になると、どうしても息が詰まってしまいます。
ついに夫から別れを切り出されました。
ああ、私が泣きすがっても、夫は気持ちを曲げないでしょう。
だったら私も、新しい人生を送ることを前向きに考えてみようか。
途端に、世界が広がった気がしました。
夫でさえも輝いて見える。私は私の足りないものを見つけたのです。
それは初心――。
いつも当たり前にいる夫を客観的に見れば、嫌なところも見えればいいところも見える。
夫にはまだそれがわからないかもしれませんが、私はそれに気づき、判子を押しました。
もう一度ここから、恋が始められるかもしれない。
あるいは、違う人と新しい恋が生まれるかもしれない。
なんにせよ、私は初心を忘れない限り、この世界を輝かせることが出来るでしょう。