329 小さな町のレストラン
ポールはレストランのウエイター。最近働き始めたウエイトレスのウェンディのことが気になっている。
「ウェンディ。ちょっとおいで」
厨房からそう呼んだのは、コックのケリーだ。
「なんですか?」
「ちょっと試食してみてよ。新メニューに取り入れようと思って」
そう言って、ケリーは一口のケーキをウェンディに差し出す。
「わあおいしいわ。ラズベリーのケーキね。甘すぎないからパフェと一緒でも合うわね」
「やっぱり? 俺もパフェに重ねようと考えてたんだ」
綺麗なウェンディに恋心を寄せるのは、ポールだけではない。
ポールは二人の仲睦まじげな姿を見ながら、店内へと背を向ける。
「お下げします」
食べ終えた皿を回収しながら厨房に戻るポールは、尚も話を続けるウェンディとケリーに目を伏せた。
途端、ポールは厨房に入る際に敷かれていたマットに躓き、そのまま転んでしまった。
「ポール! 大丈夫?」
すぐさま駆け寄ったウェンディに、ポールは顔を上げる。
「う、うん……ごめん」
「いいのよ。片付け手伝うわ」
「ごめん。僕のが先輩なのに……」
「気にすることないわ。私もたくさん失敗したけど、ポールに助けてもらったもの」
ポールは嬉しさに顔を緩め、二人は落ちた皿や汚れた床を綺麗にする。
「ポール。手元でも狂ったか。上の空でもしてんじゃないのか?」
厨房の奥からそう言ったのは、ケリーだ。ケリーもまた、さきほどのポールのように、仲睦まじい姿を見せつけられて機嫌が悪いようでもある。
「ケリー。そんな言い方よくないわ。誰にでも失敗はあるもの」
ポールが反論する前に、ウェンディがそう言った。
「ウェンディ。やつをかばうのか?」
「言い方がよくないと言っているだけよ。行きましょう、ポール」
ケリーの反発をよそに、ウェンディはポールを連れ出し、汚れてしまったポールのエプロンの代わりに、新しいエプロンを渡す。
「ありがとう、ウェンディ。かばってくれて」
ポールの言葉に、ウェンディは微笑む。
「かばったんじゃないわ。ケリーが許せなかっただけ。望んで失敗する人なんていないもの。それにさっきも言った通り、ポールには感謝してるの」
ウェンディがそう言ったのは、まだウェンディが店に入ったばかりの頃、失敗続きのウェンディを慰め、丁寧に仕事を教えたのがポールだからだ。
だが、ポールは後輩でしかも恋心を寄せるウェンディに恥を見られたように、居たたまれない様子で立ち上がる。
「それは先輩として当然のことだよ……さあ、カッコ悪いところ見せちゃったけど、店に戻ろう。頑張って名誉挽回しなくちゃ」
そう言って去っていくポールに、ウェンディはそっと微笑みかける。
「いつになったらあなたは振り向いてくれるのかしら……?」
小さな町のレストランで、愛が交差する。