328 ZEROのトビラ
俺の名前は零。高校二年生。
今日も学校が終わると、すぐに自分の部屋にこもってゲームで遊び、夜中までそれをやめなかった。
食事はカップ麺を食べたけれど、そんな時でさえゲームに没頭していたのは、この家にいるのが俺だけだから許されること。
親は両方いるけれど、父親の単身赴任が間もないので、しばらくの間、母親もついていくことになっている。だから事実上、俺一人というわけだ。
寂しいという気持ちはなく、むしろ羽根を伸ばしている。
「あーあ。さすがに肩凝ったなぁ」
ゲームで凝った肩を回し、俺はゆっくりと立ち上がる。
明日も早い。トイレに行って寝ようと思った。
と、部屋のドアを開けた途端、俺は固まった。
「え……?」
あるはずの廊下がなく、そこは真っ白な世界。
眩しさにすべてのものが消えたように、そこには何もない。
「な、なんなんだよ」
俺はそう言って振り向くと、今度は今までいたはずの俺の部屋までなくなっている。そう、握っているドア以外は、すべて真っ白な世界だった。
「なんだよ、これ! クソ、夢だな。目を覚ませ、俺!」
自分のほっぺたを抓りながら、俺は何度も目を瞬きさせる。
だが、事態は一向に直らない。それどころか、抓ったほっぺたは痛いのだ。
「そんなことあるわけない。目を覚ませってば!」
今度は腕を抓ってみるが、それもやはり痛かった。
離したドアノブも、いつの間にかに消え、俺はいよいよ真っ白な世界に孤立してしまう。
「ここは……なんなんだよ」
(ゼロの世界)
すると、俺の頭の中で声がした。思った、というほうが正しいかもしれない。
「ゼロの……世界? なんだよ、それ……」
(ゼロ)
「ゼロ? 確かに俺の名前の意味はゼロだけどさ……それとこれとは……」
そこで俺は思い出した。部屋から出る前に見た時計は、二十三時五十九分を表していた。
「まさか……俺の名前が零で、零時零分零秒にドアを開けたから、別世界に飛ばされたってこと?」
(正解)
「馬鹿馬鹿しい。どっかのB級ゲームじゃあるまいし。思いついた自分が情けない。あーくだらない」
(でも事実、そうしてここへ飛ばされてきた)
「おまえは誰なんだよ!」
(誰でもない。ここはゼロの世界だ。ここには何もない。おまえが考えているのも、またおまえだけの世界で行われているだけの悪あがきだ)
「じゃあなんだよ。俺に考えるなってことか? それとも、考えるだけ無駄ってことか?」
(選択はおまえの自由だ)
俺はその場に座り込んだ。といっても、重力というものは感じられず、浮いているのにしっかりと座っているような、不思議な感覚でもあった。
「クソ。ドアノブの感触はまだ手に残ってるのに……」
開けてみる素振りをしても、そこにドアがあるわけではない。
「そうだ。二十四時間後の零時零分零秒に、もう一度この場所でドアを開けてみよう。きっと戻れる」
(こんな偶然、二度とあるか)
「そんなことはない。毎日ゾロ目の時間に起きるやつだっている。俺の体内時計が狂わなければ……ああ、ゲームでもありゃなんとなくはわかるんだろうが……いや、体内時計を狂わせないためにも、ここで寝ておこう。起きたら元に戻っているかもしれない」
淡い期待を抱きながら、俺は半分ヤケクソになって寝そべり、目を閉じる。
「父さん……母さん……」
こんなに心細くなったのはいつぶりだろう。俺は無力だ。唯一悔やむことは、なんで俺にこんな名前を付けたんだってこと。名前の由来はなんだったっけ……。
目を瞑りながらそんなことを考えて、俺はそのまま眠ってしまった。
数時間後。起きた俺を待っていたのは、やはりあの白い世界だった。
「零……」
母さんの声が聞こえた気がした。
「ゼロならすべてを作り出せる。またゼロに戻せる」
いつか父さんが言っていたことを思い出す。俺の名前の由来だ。
「すべてを作り出せる。またゼロに戻せる……?」
俺はふと立ち上がって、拳を握り、ドアノブを回す仕草をした。
すると、なんだか手ごたえがある。
「そうだ。ここから始めればいいんだ。何もないなら、作り出せばいい。俺は零だから……出来る」
ドアの形が見えて、俺は力いっぱいそれを開けた。
白い世界が後ろにある。俺はそれに振り向くのはやめ、ドアの向こう側を見つめる。
するとそこには、黒い世界。俺は絶望した。
「今度は、黒――?」
その時、パチンという音と共に、世界は俺の部屋になっていた。そして目の前には、父さんと母さんがいる。
「父さん、母さん――?!」
「ただいま、零。真っ暗だから寝ていると思ったけど、どこか行っていたの?」
「……え? 二人、どうしてここに?」
「週末だから帰ってきたんだ。顔だけ見て寝ようと思ったんだが、どこに行ってたんだ?」
俺は安堵感を得て、不覚にも泣いてしまった。
「なんだ、そんなに親が恋しかったのか?」
「うん……そうなんだ」
「なによ。そんなこと言うの珍しいわね」
「本当に……よかった……」
俺を宥めながら、父さんと母さんの手に触れる。
ありがとう。父さん、母さん。