323 節分
「鬼は外! 福は内!」
遠くでそんな声が聞こえ、小学生の太一もまた、お父さんとともに庭へと出て行った。
「よし、太一。いくぞ」
「うん」
「鬼はァー外! 福はァー内!」
大きな声で、二人は豆を撒く。
「今度は中だ」
「ええ。中はやめてよ。掃除が大変」
お母さんがそう言ったので、太一とお父さんは渋い顔をした。
「じゃあ仕方がないから、ここでだけ。一粒だけならいいだろ? ばら撒かないから」
残念そうな太一を見て、お父さんはリビングの一角にしゃがんで言った。
「まあ、一粒だけなら……」
「よし。じゃあ太一。小さくやるぞ」
「うん」
「鬼はァー外! 福はァー内!」
太一とお父さんは、リビングにしゃがんだまま、一粒の豆を投げる。それだけで満足だった。
「あ、お父さん。鬼のお面あったの忘れてた」
豆を補充しながら太一が言ったので、お父さんは苦笑してそのお面を被る。
「しょうがないなあ。じゃあお父さんが庭で鬼役やるから、おまえはお父さんにぶつけるんだぞ」
そう言って、お父さんはお面を被って庭へ出ていく。
「鬼はァー外! 福はァー内!」
太一はそう言いながら、庭にいるお父さんに向かって豆を投げた。お父さんは参ったというような演技をしながら、庭を駆け回っている。
「駄目――!」
その時、そんな声とともに、太一の横を走り抜けたのは、三歳になる妹のハナだった。
ハナは裸足のまま庭へ出て行き、鬼の面を被ったお父さんに走り寄る。
「鬼さんいじめちゃ駄目! 鬼さん、悪いことしてないのにぃー!」
泣きながらお父さんを庇うように抱きついたハナに、お父さんはお面を取ってハナを抱き上げる。
「ハナちゃん。鬼さんじゃないよ。お父さんだよ」
急にお面を取ったお父さんに、ハナはきょとんとし、やがて泣き出した。
「鬼さんじゃない――!」
「なんだよ。お父さんより鬼さんのがよかったわけ?」
複雑な表情をするお父さんに、お母さんが苦笑する。
「ハナ、さっきそのお面見てすごく気に入ってたから……ハナ。鬼さんがお父さんでよかったじゃない」
「やーだー!」
それから、ハナの機嫌が治るまで時間がかかった。何がハナの気を損ねたのかはわからなかったが、その年から毎年、鬼役はいなくなり、鬼の面は家の中に飾られるようになった。
鬼は全員悪い鬼ではないという心優しきハナの言葉に、この家族だけは掛け声が変わった。
「悪い鬼はァー外! 福はァー内!」