322 ハーフフラワー
生まれて初めての海外旅行でやってきたのは、南の島。
新婚旅行ということもあり、身も心も舞い上がるようなハネムーン……のはずが、些細なことで喧嘩し、険悪なムードのまま、私はホテルの部屋を飛び出した。
思えば英語もままならないので不安はあったが、幸い財布やカードは持ってきたので、少しは安心出来る。
でもホテルから出る勇気はなく、私はホテルの中庭にあるプールサイドの椅子に座り、気持ちを落ち着かせた。
「でも……やっぱ許せない」
ぼそっと呟きながら、結婚して間もないのに、成田離婚の文字まで浮かぶ。
本当は意地を張りたくないし、こんなことでは前途多難というものだが、私にも譲れないことがあるのだ。
「追ってなんかこないよね……」
彼がそんな性格でないことは知っている。いつもの喧嘩だって、私ばかりが熱くなって、向こうからは構われなくなり、結局私が歩み寄ることしか出来ていない。彼は喧嘩となっても、気にとめた様子すら見せないのが、余計に腹立たしくもある。
「これじゃあ、私ばっかり子供じゃない。ちゃんと喧嘩にもならない……」
薄暗いプールサイド、私は空を見上げた。空には星が輝いている。
「おい……」
その時、彼の声が聞こえた。
「……追ってくるなんて、珍しいじゃない」
まだ素直になれず、私は横を向いてそう言った。
「そりゃあ海外だし、心配だよ。いつもだって、出て行かれる時は心配してる」
「でも追ってこないじゃない」
「そりゃあおまえが、俺のところに帰ってくるって信じてるから」
「そんなの……わかんないよ。言ってくれなきゃわからないし、たまには態度で示してほしいの」
「うん。ごめん……」
そう言いながら、彼は小さな花を差し出した。それは観光先でも現地の人に紹介してもらった、ハーフフラワーという白い花である。花びらが半分になるように咲く小さな花は、二つ合わせて一つの花に見えるため、カップルに人気だと聞いた。
「ハーフフラワー……?」
「誓ったばかりなのに、怒らせてごめん。今回は俺が悪かったと思う。許してくれ」
数日中に起こった旅行のことを思い出したり、つい先日の結婚式や披露宴のことも思い出し、私はやっと素直になったように、思い直す。
「うん……私も、ごめんなさい」
彼から花を受け取り、私はそう謝った。
すると、彼が持っていたもう一つの花を差し出す。
何も言わず、私たちは無言でその花を合わせた。幸せが訪れるというその行為は、私たちの仲直りまでさせてくれた。
「俺たちは、二人でひとつだよ。今までも、これからも」
「うん」
真夜中のプールサイド。私たちはドラマのように抱き合い、キスをした。




