319 フェニックス
「おかあを助けてくれ!」
フィヨは何度もそう願いながら、空を見上げて走り回る。
「お願いだ、フェニックス! 姿を見せてくれ。その血を分けてほしいんだ!」
国の守り神であるフェニックスは、不死鳥であり、その血を飲めば永遠の命が手に入ると信じられている。だが、その姿を見た者はいない。
それを知りながらも、フィヨは山を登り続け、ジャングルを歩き続けた。
フィヨの母親は、病に倒れてしまった。それを助けるために、フィヨはフェニックスを追い求めているのである。
「お願いだ、フェニックス! ちょっとでいいんだ!」
山へ入って数日。もう右も左もわからないほど衰弱し、フィヨは高い崖の上から真っ逆さまに落ちていった。崖があったことすらも知らなかった。
「フェニックス。お願いだよ……」
辛うじて生きていたフィヨは、何度もうわ言を言う中で、やっと目を覚ました。
すると目の前には、見たこともない鳥が、こちらを向いて立っている。
「フェニックス……?」
光り輝くその鳥は、見るからに神々しい。
だがそんな鳥の前で、フィヨはもはや動けないでいた。
「君がフェニックスならば、君の血を分けてほしいんだ……おかあを助けてほしいんだ……」
「その前に、あなたは死んでしまうでしょう」
その時、頭の中で声が聞こえた。
「……フェニックス? 君はしゃべれるのか」
「あなたよりは長生きをしていますから」
「僕よりも……おかあを助けて……」
「……フィヨ。人の命には限りがあるのです。お母さんも、いつかはその命を途絶えるのです。それよりも今、あなたの命は終わろうとしている。それがわからないのですか? それでもお母さんを助けてほしいというのですか?」
フィヨは静かに笑った。
「おかあは、本当のおかあじゃないんだ。捨てられていた僕を育ててくれた、命の恩人なんだ。僕はまだ、おかあに何も返してない」
今度は鳥が笑った気がした。
「ここで死んだら、お母さんを悲しませるということがわからないのですか? あなたは元気な姿で、お母さんのそばにいてあげなさい。それが恩を返すというものです」
次に目を覚ました時、フィヨは山のふもとにいた。だが、怪我はない。
「夢……?」
山を見つめながら、フィヨはそう呟く。
その時、村のほうから声が聞こえた。
「フィヨー! どこだ!」
呼ばれるままに、フィヨは村へと走っていく。
すると村人が、フィヨを見つけて駆け寄った。
「フィヨ! お母さんが……」
「おかあが?」
聞いたと同時に、フィヨは自分の家へと駆けていく。
家の寝床には、フィヨの母親が病に伏せっている。そのそばには、村の医者もいた。
「おかあ!」
「フィヨ。間に合ってよかった。さっきから苦しんでいるんだ」
医者の言葉に、フィヨは母親の手を握る。
「おかあ! 一人にしてごめん。僕、帰ったよ」
その言葉に、フィヨの母親はフィヨを見つめる。
「フィヨ……おまえ、どこに行っていたの?」
「……フェニックスを探してたんだ」
「ああ。そんなことよりも、そばにいておくれ」
「うん、いるよ。でもフェニックスにだって、会えた気がするんだ……」
「フィヨ。その羽根は?」
その時、母親の指摘で、フィヨは服に挟まっていた羽根を手にした。それは、夢のような出来事であったフェニックスの羽根と同じである。
「おかあ! これ、フェニックスの羽根だ。やっぱり会ったんだ!」
「そう……よかったね」
「それにフェニックスは、僕を助けてくれたんだよ。でも……血は飲んでいないはずだ。じゃあ、どうして僕は助かったんだろう……」
「フィヨ。私はおまえが元気で誠実に生きていてくれるだけで幸せなのよ」
「おかあ。僕はおかあに生きていてほしいんだ。まだおかあに恩返しもしていないよ」
フィヨはフェニックスの羽根を母親に握らせ、自らの手を添えた。
「助けてよ。フェニックス……僕を助けてくれたように。僕は永遠の命を望んでいるわけじゃないんだ。ただおかあには、もっともっと長生きしてもらいたいんだよ……」
数日後、元気になったフィヨの母親の姿があった。
フェニックスの羽根と、フィヨの心が、母親を生き永らえさせたのかもしれない。