316 カレセン
三十半ばを過ぎた頃から、両親はもう私に見合いを勧めてこなくなった。
私が頑固だから、言われれば逆のことをしてしまうことがわかっているのだろう。どのみち今の私に、そんな相手はいない。
好きな人はいた。学生時代の先生、会社の上司、なぜか好きになる人は年上ばかり。それも父親世代なのは、私に父親がいないせいだということで、説明はつくだろうか。
子供の頃に両親が離婚し、お母さんに引き取られた私に、新しいお父さんが出来るにはそう時間がかからなかったが、私はどうしても新しいお父さんを父親だと心から認めることは出来ない、嫌な娘だったと思う。
「若菜って、カレセンだよね」
帰り道、同僚の千春が、私に向かってそう言った。
「カレセン……?」
「知らない? 枯れた男が好きな女のこと」
「失礼だなあ」
「でも、そうじゃない? 今までどんだけ惨めな恋愛してきたのよ」
私の恋愛を千春はなんでも知っているから、他人にまで惨めに思われているのだと再認識して、私は目を伏せる。
年上で惹かれる男性は大抵、妻帯者だから、私の恋愛というものは、それはそれは悲惨なものだったのだ。
「私、マゾなのかな……」
「あはは。そうかもね。一筋縄じゃないかないところで恋愛しないで、普通の恋愛しなよ。もう年下だっていいじゃない」
「年下か。話合わないんだよね」
「親くらいの年の人とは合うわけ?」
「知らない世界はあるよね。あと、黙ってまったりしてるだけでいい感じ」
「あんたまで枯れるわよ」
「しょうがないでしょ。好きでそういう人選んでるわけじゃないもん。好きになれば、年下だって……」
そう言った私の目に、一人の男性が目に入った。
向こうから歩いてくる男性には、見覚えがある。高校時代の先生だ。
「先生……」
「おまえ、若菜か!」
嬉しそうに笑う先生に、私の心は高鳴った。
学生時代は手も届かない先生だったけれど、今はこうして同じ目線で笑い合える。
「はい。お変わりありませんか?」
「お変わりあるよ。学校変わったし、離婚したし」
「え……そうなんですか」
「おまえは? 結婚したのか?」
「いえ、私は……」
「なんだ。おまえはとっとと結婚すると思ってたんだがな」
その時、千春が私の肩を叩いた。
「若菜。先帰るね」
「え? でも、千春」
「ファイト」
口パクで千春はそう言って、去っていった。
「ごめん。悪いことしたか……」
すまなそうに、先生が言う。
「大丈夫です。でも、よければ少し飲みませんか?」
「ああ、いいね。もう酒飲める年か」
「もう。私はオバチャンですよ」
「じゃあ俺はオジイチャンになっちゃうだろ」
「あはは。そうですね」
私は先生と会ったことで、自分を忘れるくらい高揚していた。
でも、どこかでブレーキをかけている私がいる。離婚したとはいえ、確かに私は惨めで辛い思いをしてきたのだ。
先生――。先生なら、私のこの暗く悪循環な世界に、光を灯すことが出来るかしら。それとも、もう生徒じゃないから、私なんか眼中にない?
私の運命の人はいるのだろうか。でもこの出会いは、恋とかそういうことではなく、私の心を少し軽くしてくれるに違いない。