315 さわやかな喫煙室
ふうーっと、ため息のように、佐竹は煙を吐く。
昼下がりのオフィスの喫煙室。そこに誰もいないのは、佐竹がこの会社の社長で、社員はみんな仕事中だからだ。
その時、一人の女子社員が喫煙室に入っていった。
「あれ、角野さん」
佐竹は怪訝な顔で、女子社員を見つめる。角野というその女子社員は、最近入った新入社員である。
「あ、社長。今から遅い休憩なんで……一緒に煙草いいですか?」
「いいけど……吸うんだ? 意外だな」
「そうですか? あの。ライター貸してもらっても……?」
「ああ、どうぞ」
気に留めた様子もなく、佐竹は角野にオイルライターを差し出す。
「ありがとうございます」
角野はそう言って、早速ライターに火をつけようとするも、つかない。
「ごめん、オイル切れかな……」
佐竹は謝りながら、ズボンや背広のポケットを探った。すると、後から後からライターが出てくる。
「社長ってば、すごいですね」
「よく失くすもんだから、いろいろ持ってるんだ。どれでもあげるよ」
「ありがとうございます」
笑いながら、角野は一つの使い捨てライターを手に取った。
そのまま少しぎこちない様子で、角野は持っていた自分の煙草に火をつける。すると、途端に角野がむせ返った。
「大丈夫?」
まるで初めて吸ったかのような様子の角野に、佐竹は苦笑し、そう尋ねる。
角野は少し恥ずかしそうに、照れ笑いをした。
「すみません……」
「無理して吸うもんじゃないよ。世の喫煙者は、今や肩身が狭い時代だし」
「む、無理じゃないです。だって、こうでもしないと社長と……」
言いかけて、角野は首を振った。
「な、なんでもないです!」
そんな角野の態度に、佐竹は苦笑する。
「煙草くれる?」
「え? ええ……」
言われて差し出した角野の煙草を、佐竹は箱ごと取り上げた。
「没収」
「ちょっと、なにするんですか」
「ライターやるから、もう吸うな」
そう言われ、角野は残念そうに俯く。
「……はい」
「代わりに、気が向いたら、俺の煙草に火をつけに来て」
佐竹の言葉に、角野は嬉しそうに微笑んだ。