314 仇
剣士だった父は、国一番の勇者だった。
僕はそんな父の背中を見て育ったから、父のような強い剣士になりたいと、ずっと思っている。
「ヤー!」
やっと父に剣術を学べることにこぎつけた小さな僕は、果敢にも父に勝とうと飛びかかる。でも、当然ながら僕の剣は、父の体にかすりもしない。
「キーラ。おまえには、剣を持ってほしくないんだ」
やがて疲れ果てて倒れた僕に、父はそう言った。
「でも僕は、父上みたいに強い剣士になりたいんだ」
「おまえの気持ちはわかっている。護身術としても、剣術は教えよう。だが決して、人を殺める使い方だけはしてほしくない。いいね?」
「はい、父上」
遠い日の記憶は頭の片隅にあるものの、僕は父の約束に反し、人を殺めようとしている。
「父上……」
僕は手にした剣を見つめた。
「キーラ。この剣は特別に作らせた」
「父上。この剣には刃がありません」
小さな僕は、剣を見てそう言った。見た目は剣だが、刃がないのだ。
「そうだ。だがこれでも、殺そうと思えば人を殺すことが出来るだろう。だが言ったはずだ。おまえには人を殺めてほしくない。だがこれもまた武器だ。気を付けて扱いなさい」
この剣を父からもらってすぐに、父は殺された。王の刺客に。あれだけ国に尽くした父を裏切った王を、僕は許さない。
「行くぞ……」
何年もかけて、城に入る地位を築いた。たった一日だけでいい。あの鉄壁を越えれば、王がいる。
僕は商人の格好で城の門を越え、背中に隠し持っていた剣を取り出した。
「曲者だ! 殺せ!」
そんな声が、後ろから聞こえる。だが僕は、一直線に王の住む宮殿へと走っていった。
そこへ行くまでに、何人倒したことだろう。刃のない剣は、人を殺めてはいないはずだが、それでも気持ちの良いものではなかった。
「王はどこだ!」
僕は叫びながら、王の寝殿へと入り込む。するとベッドの向こうには、震えながら剣を構える王がいる。
「おまえは何者だ」
王が言った。
僕は王を睨みつけながら、王へと静かに向かっていく。
「おまえに殺された者の息子だ」
「なんだと?」
「殺しすぎて誰のことかわからないだろう。僕の父は、おまえを敬愛し、命を懸けて守ってきた男だった」
「その目……おまえは……剣士の息子か?」
父そっくりに成長した僕の素性がわかったように、王はそう言った。
「なぜ殺したか言え! あれほどまでにおまえに尽くしてきた父を、なぜ殺した!」
剣を突き付けながら、僕はそう言った。あとから追手が入ってきたことにもある。仮にも国王。これで誰にも手が出せない。
首筋に当たった冷たい剣から逃れるように、王は俯いた。
「危険だと思った……おまえの父親は力も強く、心優しく、誰にでも好かれ、私の地位を脅かす存在となっていたからだ」
「だから殺したというのか! なんて身勝手な言い分だ。父にそんな野心などない!」
「わかっている。だが、危険分子は取り除くことが一番だった。おまえは……父親そっくりの目をしている。おまえの父親が私を殺すことを望むか? 私を許してくれ」
「黙れ! ああ、父は望まないかもしれない。だが、僕の心は休まらない。父の墓前の前で、おまえが心から謝るまでは」
その時、王が持っていた剣を振りかざした。僕の剣が交わり、カタカタと互いの力がこすれる。
「謝ればいいのならいくらでも謝ろう。だが、私は後悔などしないぞ。部下が私のために命を落とすことなど、当然のことだ」
「なにを!」
僕は王と剣を交え、周りの者は手が出せない状況にあった。
殺したい、殺したくない、僕の中で迷いがあって、それが戦いを長引かせる。
キィン――と大きな音がして、互いに勝負あったように、双方の剣が飛んだ。
「陛下!」
周りの者の声が聞こえ、僕は近くに飛んできた王の剣を取る――と同時に、何本もの剣が僕の首筋に当たった。
僕は身動きが取れないままでいると、王が静かに立ち上がった。そしてそのそばに突き刺さった僕の剣を取り、王はゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「殺すな。そやつは……私が殺す」
形勢逆転といったように、王は薄ら笑いを浮かべて、僕を見下ろした。
「やっぱり……殺しておけばよかった」
僕の言葉に、王は頷く。
「それは私とて同じこと。おまえの父親を殺した夜、家族も捕えたが、おまえだけは見つからなかった」
「……刺客の気配に気づいた父は、僕を床下に隠れるよう命じた。僕はすべてを見ていたんだ! 父上が殺されるところも、刺客が言ってたおまえが命令したということも、すべて聞いていた! それからあてもなく逃げ続けた。いつかおまえに復讐すると誓ってな」
「それが今日か……長い年月をかけたものだな。だがもう、苦しまなくていい。おまえも父親と同じところへ送ってやる」
「許さない……父上が許しても、僕は絶対におまえを許さない!」
王が僕の剣を振りかざした瞬間、僕もまた唯一動ける右手で、王に剣を突き刺した。
仇討となった形で倒れた僕の目に、王に駆け寄る人の群れが映り、やがて気を失った。
城の外にある死体処理場の死体の山の中で、僕は目を覚ました。
「ああ、そうか……僕の剣で切られたから……」
刃のない僕の剣のおかげで、僕は気を失っただけで助かったというのか。真夜中の死体処理場。僕は静かにその場を去っていく。父上に助けられた……そう思った。
「国王陛下のお葬式はいつだい?」
街に入るとそんな声が聞こえ、僕は胸にぽっかりと空いた穴を、必死に埋めようと目を閉じる。
父上――僕は人を殺めてしまいました。でもこれで、僕の目的は達成できた。父上に助けていただいたこの命を、もう二度と汚したりはしません。
そう誓いながら、僕は果てなき道を歩いてゆく。