311 まみあな魔法学校の裏庭にて
ここは太平洋に浮かぶ陸の孤島。以前は無人島だったその島は、今では全寮制の学校になっている。表向きは施設のような風貌だが、知る人ぞ知る、日本で唯一の魔法学校「まみあな魔法学校」である。
「リク! どこいくの?」
今日は始業式。講堂に向かう生徒たちと逆方向に走る男子生徒・リクに向かって、クラスメイトの少女・イノリが言う。
「裏庭!」
言葉少なめに走り去るリクが気になって、イノリはリクについていった。
二人はまだ中等部の生徒で体も小さく、広い学校を抜けて裏庭に行くには相当な時間がかかる。
「待って、リク。私が裏庭まで飛ばしてあげる」
イノリの言葉に、リクはやっと立ち止まり、頷いた。
「頼む。でもおまえは来るな」
「どうして?」
「……いろいろあるんだ」
「行く。連れてってくれないなら、飛ばしてあげないし、先生に言うわよ」
脅しのような言葉に折れて、リクは頷く。
「わかったよ」
「じゃあ行くわよ。ロワソグネルカ!」
呪文とともに、一瞬で二人は裏庭にいた。
「さすが優等生。俺はそういうの出来ないから……」
そう言ったリクは、一瞬寂しそうな顔をした。
ここの生徒は、幼い頃から何らかの超能力を持っている。イノリは優等生だけあり、初等部の頃から真面目にプログラムをこなしてきたので、同学年の中では一番魔術が使える生徒だ。
一方のリクは、初めから他の生徒と違った。特になんの力も持たず、なぜこの学校に入ったのかとみんなが不思議に思うほどだったが、その力は意外なところに発揮される。
「クソ! どこ行ったんだ?」
裏庭に出来た窪みを探しながら、リクはそう言った。
その時、木の陰から不気味な音が聞こえてきた。
「エミリオ!」
リクが走り出すと、木陰には小さなドラゴンがいる。
「ド、ドラゴン!」
あまりの驚きに、イノリはそう叫んだが、リクはそんな祈りを制止する。
「黙って、イノリ。エミリオが怯えるだろ」
「エミリオ……?」
「大丈夫だ、エミリオ。傷薬持ってきたからな」
リクはイノリに目もくれず、血が出たドラゴンの足に傷薬を塗る。ドラゴンも、息を吸ったり吐いたり、まるでリクと会話でもしているかのように見える。
「リクって、本当に生き物と話せるのね……」
イノリの言葉に、リクは笑う。
「あんまり……ここじゃ役に立たないけどね」
リクの能力はそれだった。飛行術や魔術はそれほど持たないが、生まれながらにしてどんな生物とも会話が出来る。
それ以外はほとんど出来ないリクは、他の生徒からからかわれることも多かったが、リクの持つ能力は、先生たちですら持たない能力でもある。
やがてリクは、静かに口を開いた。
「イノリ……このこと、みんなには黙っておいてくれないか」
「……みんな怖がるわ」
「だからだよ。エミリオは、卵の時から俺が育てた。ちゃんとしつけてあるし、人に危害は加えないよ。裏庭でも、この辺りは外れだから誰も来ないし、黙っていてくれればいいだけだ」
それを聞いて、イノリはそっとドラゴンに手を出した。
「危ないよ、イノリ。しつけはしてあるけど、他の人間に触れさせたことはないんだ」
「でも、おとなしいわ。いい子ね、エミリオ……」
ドラゴンも少し警戒心を解いたのか、イノリに体を触れさせている。
「ねえ、リク。みんなに言いましょうよ」
突然、イノリがそう言った。
「え?」
「先生は知ってるんでしょう? ここじゃ先生には隠し事出来ないもの」
「うん……大きくなったら、ドラゴンの授業に差し出すことを条件にね」
「じゃあ、その授業が早まったと思えばいいじゃない。私、ドラゴン見たの初めてよ。本当にいるのね。もっと早くに見ていたら、もっと警戒心もなかったわ。ね? みんなに言いましょうよ」
リクはエミリオの目を見つめる。それで答えは出たようだ。
「そうだね。まずは先生を説得しなくちゃ」
その日、リクはイノリとともに、校長のもとを訪れた。
「エミリオが……ドラゴンが言いました。もっと他の人間に会ってみたいって。小さい頃から、いつかおまえの授業があるって言い聞かせてきたので、ドラゴンもそう思っています。それが今の時期なのかもしれません」
リクとドラゴンの意志を尊重し、それからドラゴンの授業が取り入れられた。
ドラゴンはというと、すっかり人間に慣れたという――。




