031 失恋レストラン
(次にあのドアが開いたら、諦めて帰ろう――)
とあるレストラン。女性一人の客が、窓際の席からドアを見つめている。長い溜息が、遠くまで聞こえるようだった。
女性は誰かと待ち合わせしているはずで、二人分の予約を入れていた。だが、メールで断られてもいた。
(あの人は来ない――私、きっぱりふられたのに。未練たらしい嫌な女……)
断りの連絡があったにも関わらずここへ来たのは、予約の取りづらいこのレストランを無理して予約したこと、そして誘った相手を待っていたかった。
一人で行った女性を、レストランのボーイは快く迎えてくれ、一人分の料理を並べてくれた。何も聞かれないことが、少し恥ずかしくもある。
デザートまでゆっくりと食べ終えながら、女性は何度も携帯電話を開く。だが、着信履歴も何もない。
(次にあのドアが開いたら……)
その時、レストランの出入口のドアが開いた。
入ってきたのは、来るはずだった男性――と、その妻である。
女性は息を飲みつつ、自分の惨めな人生に笑い、立ち上がった。
男性もこちらに気付きながらも、目を逸らして案内される席へと向かっていく。
(馬鹿な女……)
女性は自分を呪いながら、足早に歩く男性へと向かっていった。
目を逸らす男性。寄り添う妻。
男性とすれ違いざまに、女性は男性の頬を殴り、男性の手に何かを持たせ、何事もなかったかのように歩き出した。
男性の妻からすれば、あまりに突然のことで、何が起きたかもわからなかったようである。
(とんだ失恋レストランだわ……)
だが、なぜか清々しい気持ちを覚え、女性はレストランを後にした。
男性の手に握られていたものは、女性が食べた料理の請求書であった。