306 ハッピーエンドの定義
郁は中学一年生の女の子。中学生になったものの、メルヘンな思想は抜けない。
「あのアニメよかったよね。やっぱ名作。ハッピーエンド」
「あたしはもうああいうアニメ見ないなあ。だって結局は最後には王子様とお姫様がくっつくんでしょ?」
そう言ったのは、小学校の頃から一緒の江梨子である。
「もう、エリちゃん。なんでそう冷めてるかなあ。いろいろあるのにハッピーエンドなのがいいんじゃない」
「でもありきたりじゃない? 大体、結婚がハッピーエンドなんて、今の時代じゃ夢とかないし」
現実主義の江梨子の後ろから、一人の男子がやってきた。
「俺も江梨子に賛成。郁は夢見がちなんだよ。これだから幸せ家族ちゃんは」
男子の名は、准。彼もまた小学校の頃から一緒だ。
「ちょっと、准。幸せ家族って言ったら、うちだって幸せ家族だけど」
そう言ったのは江梨子だ。准の家は離婚しているが、郁の家も江梨子の家も家庭は円満である。
「でも郁って典型的な幸せ家族って感じ。兄ちゃんと姉ちゃんがいるし、末っ子で可愛がられてんだろ? その点、江梨子は長女で甘ちゃんじゃないじゃん」
「あんた、人んちの構成よく知ってるわね……」
「とにかく郁は夢見すぎ。中坊にもなってアニメがなんだって?」
からかい気味の准に、郁は口を尖らせる。
「私は大人になってもメルヘン好きだもん。王子様だって待ちたいもん」
その言葉には、さすがの江梨子も呆れがちだ。
「王子様って、あんた……」
「もちろん、本物の王子様じゃないけど、私だけに優しかったり、カッコいい人と結婚したい」
そこまで言える郁に、江梨子は清々しささえ覚えた。
「でもさあ。ハッピーエンドの定義ってなんなの?」
突然、准が言った。
「え?」
「だからさ、江梨子が言うように、結婚がハッピーエンドじゃないだろ。シンデレラや白雪姫のその後が幸せかどうかなんてわかんないじゃん。離婚してるかもしれないし、すぐ死んでるかも」
「あのねえ。そんなこと言ったら、物語にならないでしょ」
「でもそういうことだろ。ようは死ぬ時にハッピーエンドかバッドエンドか決まるんだよ」
准の言葉に、郁は納得していない様子だが、江梨子は頷いた。
「ハッピーエンドなんて、人それぞれってことでしょ。物語の最後が最後じゃないってこと」
「うー。頭こんがらがる」
「だから、郁がハッピーエンドっていうならハッピーエンドってことだよ」
「そっか」
郁と江梨子は納得にしたように笑う。
「でもさ……」
「准!」
まだ言いかけようとする准に、郁と江梨子は同時に止めた。
「な、なんだよ。議論したっていいじゃんか」
「私は結婚してからも、子供が生まれて、子供が成人式を迎えて、夫婦穏やかに暮らして、ずっとハッピーエンドだもん。それが私のハッピーエンドの定義だもん!」
郁の言葉に、江梨子と准は笑顔で顔を見合わせる。
「そういうことにしときましょう」