301 鬼
「だるまさんが……転んだ!」
多恵はそう言って振り向いた。
ジャンケンで負けて鬼になったものの、さっきから全然進まない。
「もう。みんなもっと攻めてきてよ。だーるまさんがー転んだ!」
もう一度振り向いても、仲間たちはさっきの場所から動いている気配がない。
「もう、やめやめ。これじゃあいつまでたっても終わらないよ」
そう言って、多恵は仲間たちに近づく。だが、みんな固まったように動かない。
「ミナちゃん、リエちゃん、ほらみんなも、もう終わりだってば」
だが、誰も微動だにせず、まるで固まったように固い。
「なに、これ……ちょっと、みんな!」
恐怖を覚え、多恵は一人一人に触れていった。だが、みんな表情一つかえないまま、まったく動かない。
「誰か……呼ばなくちゃ!」
多恵は、公園から出て行った。
だが、異変はすぐに気付いた。道行く人も何もかも、時が止まったように動かない。人はいるのに、話すら出来ない。
「なんで……みんな固まっちゃったの?! 私だけが動いてるの?」
その時、多恵の目に、同じくおどおどと辺りを見回す少年が見えた。同じマンションに住む、一つ年下の慎吾である。
「シンちゃん」
「多恵ちゃん! なんか変なんだ!」
「わかってる。私もびっくりして飛び出してきたんだけど……他に誰も動いている人いない?」
「うん、見てない……」
二人は途方に暮れながらも、小走りで住んでいるマンションへと戻っていく。
「シンちゃんは、どこでなにしてたの?」
「学校で鬼ごっこ。多恵ちゃんは?」
「だるまさんが転んだ……シンちゃん、もしかして……鬼だった?」
「うん。追いかけてたら、突然みんなが固まって動かなくなっちゃったんだ。学校は誰も動いている人がいないよ」
動いている二人の共通点は、鬼の役をやっていたことだけである。
「とりあえず、家に戻ろう」
多恵はそう言って、慎吾と分かれ、自分の家へと戻っていった。
「お母さん!」
そう呼びながら多恵がマンションの部屋に入ると、人の気配はない。
「やっぱり……みんな動かないんだ……」
その時、奥の部屋から物音が聞こえた。
「だ、誰っ?」
恐る恐る奥の部屋を覗くと、そこには洗濯物を畳んでいる母親がいた。
「お、お、お母さん?!」
「ああ、おかえり多恵」
「どうして……お母さん、大丈夫? 無事?」
「なに言ってんの。帰ったんなら、さっさと宿題やっちゃって、予習復習やりなさい。夜は塾もあるでしょ」
「お、鬼だ!」
多恵はそこで、気を失った。