299 紅一点?!
「頼む、夏生! 高校はここに行ってくれ!」
十五歳になった中三の夏、馬鹿でお気楽な父親が、高校の資料を見せて言った。目の前には、男子校の文字。
「あ、あの……俺、一応、女なんですけど」
扇風機の風だけで、汗がだらだら流れてくる。何を考えているんだ、この親は。
「そんなことはわかってる。だけどな、春樹が行ってる高校なら、授業料が家族割引になるんだってよ」
「それだけでそんなことさせる気?!」
「じゃあおまえ、特待生にでもなれる頭持ってんのか?」
「そりゃあないけど……そんなの行くくらいなら、高校なんて行かないわい」
「馬鹿野郎。高校は出ておいて損はない。大丈夫だ。おまえはどこからみても男だから。バレるこたあない」
「こ、この、バカ親―!!!」
兄三人を抱えるこの家は、俺が生まれて間もなく母親が病気で亡くなり、完全に男家庭で生きてきたおかげで、俺は女言葉も知らずに生きてきた。
そして高一の春、めでたく(?)男子校に入学したのである。
「夏生。入学早々、遅刻する気かよ」
一つ上の兄貴、春樹が言う。
「春兄が男子校なんかに通うから、俺がこんな目に……」
「べつにいーじゃん。俺こう見えて、おまえが女だなんて思ったこと一度もねえよ?」
「嬉しかねえし! ったく親父のやつ、何でもかんでも勝手に決めやがって」
「仕方ないだろ。うちはドのつく貧乏なんだし、まあ俺だっているんだし、高校生活なんて、あっちゅーまよ」
「簡単に言うね。春兄だって、来年には卒業でしょ。水泳は? 修学旅行でお風呂は? どうすんのさ!」
俺はパニック状態でいながらも、確実に春兄に学校まで連れてこられていた。
「大丈夫だよ。水泳の授業なんてあんまりないし、腹痛で休めばいいだろ。胸はつるぺただから普段は大丈夫だし。いいじゃん。逆ハーレムってことで」
「そんなこと思えるか!」
「言っとくけど、絶対にバレるなよ。バレたら俺まで退学になるからな。じゃあな。講堂そっちだから」
春兄は俺をおいて、そのまま校舎へと入って行ってしまった。
「ひっどー!」
俺は泣きそうになりながらも、講堂へ向かう。
ムンムンと漂う男の匂いが、クラッと目眩を引き起こす。
「おっと……なんだよ。大丈夫かよ?」
その時、俺を支えてくれた一人の男子がいた。
「あ、うん、ありがとう……」
「入学早々倒れるなんて、軟弱だな」
男子はそう言って、クラス別の席に着く。同じクラスだ……。
俺はなんだかドキドキしながら、その男子の隣へと座った。
「なんだ。同じクラス?」
「う、うん。よろしく……」
少し低めの声をわざと出して、俺は答える。
「ああ」
言葉少なめに返事した彼に、俺は少し嬉しくなった。
ちょっとこの学校、いいかも……そう思ったけど、俺の高校生活が前途多難であることは、間違いない――。