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298 君が背負うもの

 とある定時制高校の教室。このクラスのほとんどは十代だが、その中に一人、二十歳の女性がいる。

 一ノ瀬蒼いちのせあお。クラスメイトとも必要以上に話さない彼女は、いつも冷めた目で授業を受けていた。

 そんな蒼を、一人の少年が見つめている。

「あ……」

 授業が終わり、足早に去っていく蒼に、少年は思わずそう言ったが、その声は蒼に届いてはいない。

「周。また一ノ瀬さん見てたのかよ」

 そう言われ、少年は我に返って振り返った。

 岡田周おかだしゅうは、中学を卒業したばかりの十五歳の少年だ。同じ年の女子では決して見ることが出来ない雰囲気を醸し出す蒼が、最近気になり始めている。

「違うよ」

「またまたー」

 からかっているのは、小学校からの付き合いである、悪友の篤史あつしだ。二人はやんちゃ盛りで、中学もろくに行っておらず、高校にも行く気はなかったのだが、親に言いくるめられ、なんとか定時制高校に入れた。だが、もともと勉強が好きではないため、やる気はない。

「やめとけよ、あんな女。俺らからしたら年増だし、おまえだって知ってるだろ。噂」

 一ノ瀬蒼は売春をしている――。そんな噂が飛び交ったのは、入学して間もなくのこと。

「ただの噂に振り回されるのは馬鹿の証拠だ。大体、援交だのなんだので、まわりでやってるやつも多いんじゃねえの?」

「じゃあ、一ノ瀬さんが援交しててもいいんだ?」

「嫌だけど……もししてるなら、何か事情が……」

「事情? 他のやってるやつらに事情があるなら、金欲しさだけだろ。本当に困ってやってるやつなんて、聞いたことねえ」

 そんな話をしながら教室から出ようとした二人は、出入口で蒼と鉢合わせた。

「あ、あわわ……」

 篤史が思わずどもる。周もまた、えげつない話を聞かれたと、バツが悪そうに俯いた。

 だが、目の前の蒼は表情一つ変えず、最後に静かに微笑んだ。

「べつに否定しないから……好きに話していいよ」

 固まる二人を横切って、蒼は机の中に置き忘れたと思われる筆箱を取り、またすぐに教室を出て行った。

「……篤史。一人で帰って」

 ふと我に返り、周はそう言って、蒼を追いかけた。


「何か用?」

 昇降口で、蒼が周にそう尋ねる。だが周は、言葉が出ない。

「……用がないなら、行くから」

「男のところに?」

「……あんたに関係ないと思うけど」

「関係なくない。クラスメイトじゃん」

 そう言った周に、蒼は周の顔を覗き込む。

「キミ、クラス委員か何かだっけ?」

「それは違うけど……」

「じゃあ放っといて。急いでるから」

 蒼はそう言って、足早に学校を出て行った。だが、周は諦めず、蒼についていく。

 やがて蒼は、とあるファミリーレストランへと入っていった。

「ファミレスで待ち合わせ……?」

 だが、すぐに蒼は、ファミレスの制服を着て店内にいるのが見え、アルバイトなのだと気付く。

「なんだ。バイトならバイトって、言えばいいのに……」

 周は安心したように、そのまま家に帰ろうと思ったが、思い直して店内へと入っていった。

「キミ……」

 驚いた顔で見つめる蒼に、周は俯く。

「岡田周。クラスメイトの名前くらい憶えてくれよ」

 そんな周に、蒼は苦笑する。

「周でしょ? 篤史っていう子といつも一緒にいる……」

「覚えててくれた?」

「そりゃあね。お好きな席へどうぞ」

 深夜に近く、割と空いている店内に、周は通された。

「ご注文は?」

「……どうして否定しなかったの?」

 そう尋ねる周に、蒼は一瞬考えた素振りを見せる。

「面倒だったから」

「面倒って……それで変な噂立って、変な目で見られて、それでいいのかよ」

「べつにいいよ。噂は噂でしかないもん。私がしっかりしていればいいだけだし、そんなことにかまっている暇ないんだ」

「どうして……」

「そうね、ここまで来たからには教えようか。私、おなかに赤ちゃんがいるの」

 その答えに、周は驚きに固まった。そんな周を見て、蒼は苦笑する。

「え……」

「高校辞めちゃって、でも勉強したいから今の学校に入ったけど、赤ちゃんが出来たから、またお休み。でも高校は卒業したいし、夢もあるし、何年かかっても通う気ではいるのよ」

「……結婚してるの?」

「その予定はないけど……だから、今のうちに働いて、強くたくましく生きるつもり。でも売春なんてしないから、安心して」

 それは周の世界にはまだ考えられないことで、どれだけ大変なことなのだろうと感じた。

 だが、目の前の蒼はまっすぐに周を見つめ、頼もしく立っている。


 次の日の蒼も、いつもと変わらず、冷めた目で学校に来ていた。

 だが、その内に秘める情熱や信念を、周だけが知っている。あまり人と交わらないようにしているのは、休学がわかっているかもしれない。そんな深読みをする度に、胸がしめつけられるようだった。

 その日、周は蒼にそっとノートの切れ端を渡した。




『一ノ瀬蒼さんへ』


 面と向かってじゃ、話すことも暇もないと思って、これを書きました。

 一ノ瀬さんから見たら、俺はまだ子供かもしれないけど、昨日話してくれたこと、俺は感動したんだと思う。

 一緒に卒業は出来ないかもしれないけど、一ノ瀬さんを応援します。

 一人で子供を産もうとしているあんたはスゴイよ! エライよ!

 俺も一ノ瀬さんみたいな大人になりたいと思う、今日この頃……「噂は噂でしかない」カッチョイイお言葉に、一ノ瀬さんファンになりました!

 学校では、今後もヨロシク!




 稚拙だったが微笑ましい文面に、思わず蒼が笑う。

 そんな素の蒼を見たのは初めてで、周は嬉しさを感じた。

 もっとその笑顔が見たい――周の恋が動き始める。

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