286 コバルトブルーの空の下
子供の頃から、武術も勉強もあまり好きではなかった。
大人になるにつれ、恋人だの結婚だの、更にうっとうしいものがまとわりつく。
「セル王子。本日は一般参賀がございます」
その言葉に、僕は無表情のまま頷いた。小国とはいえ王子ともなれば、しがらみからは逃れられない。金髪に青い瞳というだけで、世界メディアがこぞって僕を追っている。
もう、笑顔の形は教え込まれている。感情がなくとも、僕は笑顔を作って手を振った。黄色い歓声も聞こえれば、直接僕に近寄る女性もいるが、僕を本気で好きになる人なんて見たことがない。
その日はパーティーがあり、国の女優やタレント、海外からの来賓が集まった。その相手をするのは僕の役目だが、僕はそれを抜け出した。今日は許嫁候補が来ると知ったからである。直接会えば、面倒なことになる。
でも、警備の関係で城を抜け出すことは出来ないので、僕はこっそりと自分の部屋へ戻り、用意していた服に着替えた。そして長い髪を束ね、サングラスをし、帽子を被り、海外から来たタレントのようにして、パーティー会場のそばにあるテラスへと向かう。ここならば、様子を伺うことは出来るし、部屋にいるよりは安全だ。
その時、テラスにはすでに先客がおり、女性が泣いているのが見えた。
「……どうかしたんですか?」
思わずそう尋ねると、女性は驚いた涙を拭き、立ち上がる。
「いえ、あの……」
「こんな天気のいい日に泣いていたら、空も翳ってきますよ。会場に戻らないんですか?」
持ち前の社交辞令のように、僕はそう言った。
女性は深呼吸するように、空を見つめる。
「本当。コバルトブルーの綺麗な空だわ」
「……なにかあったんですか?」
「いえ……あ、はい」
正直になった女性に、僕は興味が湧いた。
「よければ僕に聞かせてください」
「……今日は親の決めた婚約者に会う日でした。私も決められた結婚は嫌だとも思ったのですが、相手の方は私にはもったいないくらいとても素敵な方ですし、小さな頃から結婚に自由はないと教え込まれていました。でも、相手の方もそんな結婚は嫌だというらしく、会ってもくれません。なんだか、自分が惨めなようで……」
繋がった関係に、僕は女性の肩を抱く。
「相手の人は……セル王子?」
「……どうしてそれを?」
不思議そうな顔をしている女性に、僕は笑ってサングラスを取った。
「それは僕のことだから」
「ああ!」
「傷つけてしまってすみません。でも……あなたのことが知りたくなりました」
僕は変装を解いて、彼女とテラスで語り合った。美しいまでの空が、僕らを結んでくれたのかもしれない。