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284 シンデレラじゃないけど

 高校生活はあっという間だった。年を重ねるにつれ、憧れの先輩とか同級生とかいう話も聞かなくなり、恋人が増えていったけれど、私にはそんな相手はいない。相変わらず憧れのクラスメイトを見ているだけで、次のステップに進もうとはしなかったのは、その人にはとっくの昔に恋人がいたから。

「ダンパ、誘わないの? 山口君」

 友達が私に向かってそう言ったので、私はちょっとむっとしつつも、苦笑して首を振る。

「答えわかってるのに、誘えないよ」

「彼女持ちでも誘うのはタダだよ?」

「もう。他人事だと思って……」

 私の高校は、三年生になるとダンスパーティーがある。最後のビッグイベントだけど、男女同伴がいないと参加出来ない。私には誘う相手もいないし、憧れの山口君を誘う勇気もないから、行かないことを前々から決めていた。

「だって。一緒に行こうよ」

「あんたは彼氏がいるからいいけどさ……私は無理だわ。この顔じゃ、シンデレラにはなれないし」

 そう、結局シンデレラだって誰だって、綺麗だから魔法がかかった。私みたいなブサイクに、誰が魔法をかけてくれるというの?

 私は卑屈になってその場をやり過ごし、ダンスパーティーのその日を迎えた。


 学校の講堂では、着々とダンスパーティーの準備が進められている。私は結局、誰を誘うことも、誰に誘われることもない上に、友達の電話で、更にみじめな思いを辿ることになった。

『ごめん、奈美恵。パンプス持って今からすぐ来て! 壊れちゃって……』

 仲のいい友達が、ダンスパーティーで靴を壊したらしく、私を呼び出したのだ。

 断りたい気持ちもあったけど、せっかくのダンスパーティー。断ることは出来ず、私はお気に入りのパンプスを持って学校に向かった。

 友達にはありがたがられたけれど、同伴がいない私は中に入れるわけでもなく、友達を見送って帰ることになる。

 その時、講堂へ続く校舎の隅で座り込む、憧れの山口君の姿が見えた。

「山口君……」

 思わず口にした私に、山口君が顔を上げる。

「鈴木じゃん。帰るの?」

 顔見知りだからそう返してくれたけど、いつもの元気のいい山口君じゃない。

「うん。私は靴が壊れた友達を助けに来ただけで、もともと参加するつもりもないし……」

「どうして? ああ、ダンパなんて恥ずかしいだけってやつもいるけど。でも凄いな。わざわざ助けに来るなんて、友達思いなんだな」

「そんなこと……山口君は? 彼女どうしたの?」

 そう尋ねると、山口君は押し黙った。

「あ、ごめん……関係ないよね」

「……裏切られたんだ。ダンパは他の男と出たいって」

「え!」

 思わず、私はそう叫んだ。すると、山口君はくすりと笑う。

「声、デカイ」

「ご、ごめん……」

 遠くでバラードが聞こえる。

 すると、山口君が手を差し出した。

「起こして」

「う、うん」

 言われるがまま、私は山口君に手を貸した。でも、立ち上がっても、山口君は私を離してくれない。

「山口君?」

「よかったら……一曲踊らない?」

「でも私、こんな恰好……」

 そう行ったのは、パーティースタイルとは程遠く、パンツスタイルにカジュアルなTシャツだったからだ。

「ここでいいからさ。俺のことも助けてよ……」

 山口君は私の両手を取り、静かに踊り始める。

 カチコチになった私。彼女の代わりでもなんでもいい。今だけなのはわかってる。でもこの二人だけの時間は、私の高校生活をすべて薔薇色に変えるほどの効力があった。

 感無量で、私の目から涙が溢れる。

「鈴木……ごめん、俺……」

 涙でクシャクシャになった顔を隠すように、私は山口君から離れた。

「ごめんね。なんでもないの……」

「鈴木?」

「……好きだったの。で、でも大丈夫。とっくに諦めてるし、山口君が誰を好きかも知ってる。彼女がいることもわかってる。ああもう、何言ってんだろう。言うつもりなんかなかったのに……」

「鈴木」

「ごめん、忘れて。私、どうかしちゃってたの。雰囲気酔いっていうの? だから……」

「鈴木!」

 話を聞かない私に、山口君が声で制止する。

「……ありがとう、鈴木。鈴木が俺のことそんなふうに思っててくれてたなんて知らなかった。俺に彼女がいても好きだって言ってくれて嬉しいよ。でも俺は……やっぱり今は、あいつのことが好きだから」

「うん……わかってる」

「ごめんより、ありがとうって言いたい。鈴木のことは、クラスメイトとしてはちゃんと好きだ」

「ありがとう……じゃあ私、行くね」

 走り出した私を追いかけてくれるわけではない。わかっているけど、なんだかいろいろな気持ちが取り巻いて、私の目からは涙が止めどなく溢れる。

「好き……好きだった……好き……」

 その晩、私はずっと泣き続け、山口君を忘れようと思った。でも、私を気遣って言ってくれた言葉。握り合った手は、最高の思い出になるはず。

「ごめんより、ありがとうって言いたい」

 次に彼に会った時は、彼が言ったその言葉を、そのまま返してあげたい。

「ありがとう。好きにならせてくれて……」

 その日、私はぐっと大人になったはず。彼という、魔法の力を借りて……。

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