027 オリジナルカクテル
女性はグラスを見つめていた。
グラスの中には、溶けかかった氷が浮かび、時に音を立ててバランスを崩す。そんな光景を眺めているのに慣れてしまい、女性はただただ、グラスを見つめている。
「新しいのお作りしましょうか?」
バーテンダーが、見かねてそう声をかけた。グラスの中の水割りは、溶けた氷にずいぶん薄まって見える。
「ああ……そうね。新しいの、もらえる?」
「はい」
バーテンダーは、赤い液体の入ったグラスを、女性に差し出した。
「え?」
頼んでいた水割りではなかったため、女性は首を傾げてバーテンダーを見つめる。
「こちらは私からです。カクテルの名前は、愛のリンゴ。アダムとイブが楽園を追い出された禁断の果実も、あなたには愛を与えてくれる、魔法の果実になってくれるはずです」
にっこりと微笑むバーテンダーに、女性は思わず顔をほころばせる。
「ありがとう……失恋して、この先どうしようかと思っていたんだけど、なんだか前向かなきゃって気になったわ。過去の恋愛を忘れないと、新しい恋愛も寄ってこないわよね」
「ええ。このカクテルは、あなたを愛で包んでくれますから、この先きっといいことがありますよ。保証します」
しばらくして、女性は上機嫌でバーを出ていった。
「おい、いいのか? 保証するなんて言って……それにそのカクテル、この間は黄金のリンゴって名前じゃなかったっけ?」
店じまいのバーで、他の店員がバーテンダーに尋ねる。
バーテンダーは、不敵に笑ってグラスを磨く。
「カクテルだけであんなに前向きになれたんだ。放っておいても幸せはやってくるよ。前を向いていればね」
「はあ。そういうものか?」
「そういうものだよ。それから、このカクテルのベースはトマトジュース。トマトはフランス語で愛のリンゴ、イタリア語で黄金のリンゴ。愛に飢えた人にはフランス語で、愛に満ちた人にはイタリア語で名前をつけてる。どっちにしても、同じカクテルさ」
「結局は、本人次第ってことだな?」
「そういうこと」
今日もバーテンダーは、ロマンを売る。