269 夏休みのセンチメンタル
「夏休みはどっか行くの? うちは沖縄行くんだ」
友達の言葉に、私は明るく笑う。
「いいなあ。うちはどこにも行かないよ」
内心やっぱり寂しいけど、親が離婚してお母さんはただでさえ忙しいので、旅行なんか行かないし、もともと私も好きじゃないからいいんだ。我慢することには慣れてる。
「そうなんだ。前半はいるから、一緒に宿題しようよ」
「うん。今年は早めにやっちゃいたいな」
「わかる。でも結局ギリギリになっちゃうんだよね。じゃあ、また連絡するね。バイバーイ」
「バイバイ……」
友達と分かれて、私は小学校最後の夏休みを迎えた。さてこの長い夏休み、どうやって過ごそうか。
そんなことを考えていると、家に着いていた。
「おかえり……って、なんだ、真奈ちゃんか」
私が帰ってくる音で出て来たのは、叔母さんだ。お母さんの妹だが、もともとお母さんと仲が良くないし、私も苦手な人。
「ただいま……」
言葉少なめに、私はそう言って自分の部屋へと入っていく。この家には、あとはおじいちゃんとおばあちゃんまでいるけれど、みんな別々に暮らしている。
離婚して実家に戻ってきた私たち家族。お母さんの実家ではあるけれど、私からしてみれば他人の家に間借りしている感じで、どうにも居心地が悪いし勝手が利かないので、夏休み中ずっと部屋にこもるわけにはいかないだろうし、なによりここは冷房もないので暑い。
夏休みに入ると、結局行くところがなくて、友達と図書館や駅ビルなんかで遊ぶ。でも友達も塾や旅行があって、結局一人でいる方が楽な自分もいる。
「図書館も飽きたし、デパートにいるのも限界があるし……」
行きついたところは、大きな公園。空いているベンチで一日中、空想に耽っていると、まるで自分の境遇が馬鹿馬鹿しくなった。
「お父さん! ボート乗りたい!」
向こうの方で、池のボートをせがむ小さな男の子の姿に、私は悲しく微笑んだ。
「ボート……乗ろうかな」
お父さんを望んでもいないものはいないし、喧嘩の原因となったお父さんに会いたくはない。私は幸せだけど、こういう時はセンチメンタルにもなった。
結局、私は一人でボートに乗るのは惨めすぎると思い、その場を後にした。
背後には、さっきの男の子がお父さんとボートを漕いでいる。その様子を遠くから優しげに見つめているのは、男の子のお母さんだろうか。
「暑い……」
木漏れ日は焼けるように暑いが、吹き抜ける風が余計にありがたく感じる。
「いつか……」
いつかここに……私に家族が出来たらここに来て、一緒にボートを漕ごう。それまでは、たまにはセンチメンタルでいさせて。




