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268 エルフの森

「ヤー! ヤー!」

 森の中で一際大きく叫びながら剣を振っているのは、今年初旅に出ることが決まった十四歳のケインである。

 剣はみるみる一本の木を削り、周りの草花を刈ってゆく。

「やめて!」

 そこに、そんな声がして、ケインは慌てて振り返った。

 するとそこには、長い金髪の綺麗な女性の姿があった。

「まさか……エルフ?」

 ケインがそう言ったのは、女性の耳が大きく尖っていたからである。

「そうです。お願い、剣を振るのはもうやめて」

 懇願するような目つきのエルフに、ケインは怪訝な顔をする。

「剣の稽古をしているだけだ。それにこんな森の奥深く、誰にも迷惑かけちゃいないだろ」

「でも、罪もない木や草花が痛がっているわ」

 その答えに、ケインは剣を下ろした。

「木や草花の声が聞こえるエルフなのか」

「ええ、聞こえるわ。むやみに剣を振っても強くならない。どうか生きている木々を相手にするのはやめて」

「どうせ僕は剣がうまくないさ……」

 ふてくされるようにして、ケインはその場に座り込む。

「練習すればうまくなるわ。でも練習台は、倒れた木で作ればいいじゃない。村でもそうしているはずよ」

「まあね」

 隣に座ったエルフに、ケインは見とれるように見つめた。近くで見れば見るほど、美しい。

「君……名前は?」

「エラルカ」

「僕はケイン。今年デビューなんだ。エラルカは、ずっとこの森にいるの?」

「ええ。もう少し奥だけれど」

 二人は次第に打ち解け合い、毎日のようにこの森で会うようになった。だが、別れの時は刻一刻と迫る。


「いよいよ明日、旅に行くよ」

 ケインの言葉に、エラルカはそっと頷く。

「ええ……」

「いつ戻るかはわからないけど、ここへ来たらきっとまた会えるね?」

「……そうね。でも、もうここへは来ない方がいいわ」

「どうして?」

 その言葉に、エラルカは悲しそうに微笑んだ。

「住む世界が違うわ。私はエルフだし、あなたは人間」

「年の話? 確かに僕のほうが早く老いるだろうけど……それを見るのは辛い?」

「それもあるし、森もどんどん削られているわ。それに、エルフ狩をする人間もいるから……」

「僕がそんなことをする人間に見えるの?」

「いいえ。でも、どうなるかわからないでしょう? あなただって、雇い主がそういう人だったら……」

 その時、ケインはエラルカの手を強く握り、そして抱きしめた。

「この森には手出しさせない。僕、もっと強くなって、君と君の仲間を守るから。だから……待っていて欲しい」

 ケインの強い意志に、エラルカは喜びの涙を流す。

「ええ。待っているわ、ケイン」

 後ろ髪を引かれる思いで森を去るケインに、エラルカは祈りを捧げた。


 数年後、ケインの元に依頼が舞い込んでくる。

「ケイン。エルフ狩の仕事が入った。おまえの故郷の近くの森だ」

 それを聞いて、ケインは立ち上がる。

「帰らなきゃ……」

「おい、仕事は?」

「受けないよ」

「剣士であるおまえの腕を見込んでの依頼だぞ? 報酬だってたっぷり……」

 その言葉に、ケインは相棒の胸倉を掴む。

「僕はエルフに手を出さないと決めているのを、おまえも知っているだろ」

「でも、額が……」

「ふざけるな! とにかく、僕は故郷へ帰る。僕が依頼を受けなければ、他の剣士がやってくるだろう。そいつらを食い止めるんだ」

 今や腕の立つ剣士として名が売れてきたケインは、それを聞いて久々の故郷へと戻っていく。

「エラルカ! エラルカ!」

 だが、どんなに森の奥深くでそう叫んでも、エルフの姿はなかった。

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