266 ボトル・レター
誰にも言えない想いを、心の中にしまっておくことが出来ずに、この手紙を書きました。
彼のことが好きなのです。
いつかこの傷が癒えて、自分に向き合えるその日まで、どうか誰にも読まれませんように――。
メアリー・ローレン
無茶なことを言ったとはわかっている。でも、書かずにはいられなかった。
ボトルに入れたその手紙は、ロングバケーションで行った海で流した。みんなの輪から離れ、他の人に微笑む彼を横目に、私は人知れず、そのボトルを流したのだ。
手紙が返ってくるはずはなかった。だって住所も書いていないし、私が住む場所は、この海岸より離れた山沿いの街だからだ。
あれから三年の月日が流れた。
私はハイスクールを卒業し、街のコーヒーショップに就職をした。
ボトルに込めた意中の彼とは、当時すでにふられていたのだが、今はもう会う関係でもないし、当時の彼女と結婚し、子供が出来たと聞いている。
それでも私の心の傷は、まだ完全に癒えたわけではなく、まだどこかで好きな自分がいる。
「メアリー? メアリー・ローレン?」
コーヒーショップのカウンターで、一人の少年がそう言った。見なれない顔である。
「えっと……どこかでお会いしたかしら?」
明らかに私のほうが年上であるから、私はすまし気味にそう言った。
「ああ、いや……お会いするのは初めてだよ。俺、オーウェン・ケストナー。よろしく」
「はじめまして、オーウェン。でも見かけない顔ね」
「うん。大学に進学するのに、こっちへ来たばかりだから……ここを馴染みの店にするつもりだからよろしくね」
「あら。大歓迎よ」
オーウェンは太陽のように豪快に微笑む、まだあどけなさが残る少年だった。
それからというもの、事あるごとにこの店へ通って声をかけてくれる。気が付けば常連となっていた。
「メアリー。今日はプレゼントがあるんだ」
ある日のこと、オーウェンはそう言って、はにかんで笑った。
「あら、嬉しいわ。私の誕生日を覚えていてくれたのね?」
その日は私の誕生日。にも関わらず、店に出ていた私に、オーウェンは一輪の花を差し出す。
「誕生日おめでとう、メアリー」
「ありがとう。綺麗なお花ね」
「それから、手紙書いて来たんだ。読んでくれる?」
「もちろんよ」
私が頷くと、オーウェンは中に紙がまるまっている瓶を差し出した。
「あら。どうして瓶に入れたの?」
「君が喜ぶと思って」
オーウェンの言葉に首を傾げながら、私はボトルの中から手紙を取り出し、読んでみる。
あなたの心の傷は癒えているでしょうか?
僕はこの手紙を受け取った日から、あなたのことが頭から離れません。
僕は君が好きです。
オーウェン・ケストナー
オーウェンの手紙には、いつかボトルに入れて流した私の直筆の手紙が添えられている。
私はすぐにオーウェンを見つめた。
「オーマイゴット! どうしてこれを……」
「一年ほどまえに、俺の故郷の海で見つけたんだ。いろいろ探してみたけれど見つからず、諦めてた。でも、見つけたんだ。同じ名前の君、苦しい恋愛をしていたと聞いたし、そしてなにより、この人だと思った」
「凄いわ、オーウェン。信じられない」
「答えを聞いてもいい?」
「ええ……私も好きよ、オーウェン」
「ああ、よかった!」
私たちは抱き合い、神様が導いてくれたお互いに涙した。